第18話 御令嬢のおとしもの

 その目の前にいる御令嬢は、まだ春だった頃、庭園でレンヴラント様と一緒にいたところを見た事がある。あの後、気になった私は、こっそりアルバート様に名前を教えてもらっていた。


「ミランダ様、ご機嫌麗しゅう存じあげます」

「頭をあげて宜しくてよ」


 気の強そうな人だから、対応には気をつけなきゃ。

 レティセラは下げていた頭をあげて、少し俯いた。顔を見たくないのもあるけど、身分の高い人と、目を合わさないほうがいい、というのは、ロザリーさんの教えである。


「こんな所まで、いかがなされたのでしょうか? 会場はあちらですよ」


 と、手を使って場所を示した。

 そうだよ! こっちには洗濯場しかないんだから、さっさと引き返してちゃってくださいね。まさか、この笑顔の裏でこんな事を思ってるなんて、この人も思うまい。


「あなたに頼みたい事があって」

「わたくしにですか?」


 なんだろう。全然予想もつかないのに、胸騒ぎだけは一丁前にする。


「えぇ、わたくし、落とし物をしてしまったの。大事なものなのよ」

「え、それは大変ですね。どの辺りで落としたか分かりますか?」

「こっちよ、着いてきなさい」


 なんだ……ただの探し物か。大事なものというなら仕方ない。微力ながらお手伝いします、と言いながら、端にカゴを置いて、彼女の後についていく。


「何をおとされたのですか?」

「指輪よ。とても大切なものなの」


 それだと小さいから、他の人にも頼んだ方がいいんじゃ。


「あの、ミランダ様。宜しかったら、あと何人か声をかけてきます。人が多い方が早く見つかりますし」

「いいえ、あなただけ。あなただけでいいわ」


「そうですか? 分かりました」


 と傾けていた首を縦に振る。あまり、人目に触れたくないものなのだろうか。

 後になって思えば、なんとなく怪しかった気がしなくもない。だけど、素直だったレティセラは、疑うこともなく、たどり着いた場所で自然と足を止めた。


「ええと、あの、」


 まさか、ここに!?

 そこを眺めて、言葉を詰まらせる。目の前には、いつかレンヴラント様を迎えに行った池が広がっていた。


「こちらでしょうか?」

「そうよ。早くしてちょうだい」


 てか、なんでこんな所に落としちゃうわけ!?

 第一、大事なものなら、落とさないように気をつけなさいよ!


 という、心の中の非難は言えるわけもなく……


 ポチャンと魚が跳ねあがる。水面に波紋が広がっていくのを見て、レティセラは笑顔を引きらせた。


 もしかしたら、そんなに深くはないのかもしれないけど。やっぱ、無理!!


「申し訳ありません。やはり、わたくしには難しそうなので、他の者も呼んで参ります」


 レティセラは頭をさげる。


「それじゃダメなのよ! あなたが池に入ればいいじゃない」

「わたくしは泳げませんので、溺れてしまったら落とし物を探せません」

「やりたくないからって、言い訳するの!?」


 ひえー、突然怒りだしたぁ。


「いいえ、決してそのようなっ!」


 御令嬢変換に頭を悩ませながら、必死に首を振った。


「早くやりなさいよ!! このわたくしが頼んでいるのよ!? あなたみたいな無能が力になれるんだからありがたく思いなさいよね!」


「落ちついてください。ミランダ様」


 彼女がズイズイと身を乗り出してきて、水辺に追いやられる。これが、御令嬢の理不尽というものだろうか。

 レティセラはミランダを止めるように手のひらを彼女に向けると、ドンっと肩を押される。


「つべこべ言わずに探してきなさいよ!!」


 バシャ──ンッ!!


 ああー!! もうっなんで偉い人って、話聞かないのかしら?


 水飛沫みずしぶきがあがった。

 こんな時だけどさ。御令嬢ってすごいわ……


 ブクブク、ボコボコと音が聞こえて、うるさいくらい。意外と深かったらしいく、昇っていく気泡がどんどん遠ざかっていく。

 ここまで来ると、レティセラは恐怖とか苛立ちなんかより、ミランダの一方的な押し付けと剣幕に、呆れを通り過ぎて、感心すらしていたのだった。

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