第17話 あと、4ヶ月

 次の日。眠れないかと思っていたのに、慣れない事をしたからか、朝までぐっすりだった。朝陽が輝き、何となく励ましてもらっている気がする。


「おはよう、アネモネ」

「おはよう、レティセラ。忙しいけど今日も頑張ろうね」

「うん」


 そうだ、今日も頑張ろう。

 レティセラはベッドから出て支度を始めた。


 レンヴラント様の言う通り、私はまだここに来て一年も経ってない。不慣れと言われて当然である。だけど、ここではそんな私にもできる事があるのだから、それを一生懸命やったらいいと思う。


 仕事に慣れた頃には、ここを辞める時なのだろうか。

 そう思ったら、胸がチクッとして、胸を押さえて、なんだろう、と首を傾げた。


 今日は庭園での夜会。どんなものか楽しみだけど、昨日のこともあるので、会場に行くことは禁止されている。


 レティセラは建物の裏手にある洗濯場で、自分より少し後に入った子達と話しながら、滞在中のお客様が使った、たくさんのシーツを洗っていた。


 こうして話を聞くと、私がレンヴラント様の専属メイドになった事は、ずいぶん特別な事だったんだなぁと思う。


 ひと通り洗濯を終え、食堂に向かい、そして、少し休憩をもらった後は、また、粛々しゅくしゅくと洗濯をこなすのみ。夜になってからは、また皿洗いをする予定になっている。


「レティセラ、頑張ってる?」


 お客様の部屋から戻ってきたアネモネが、迎えの席に座った。


「うん。洗濯って、大変ねぇ」


 私はため息混じりに言った。


「なに、まだ落ち込んでるの? 元気だして、誰だって最初はうまくいかないものよ」

「そうよね。ありがと、アネモネ」


 ニコッと微笑む。正直あまり食欲はないけど、いつかの二の舞いになる訳にもいかないからね。食べ物を無理やり口に入れて、水と共に胃に落としていく。


 そんな食事を終えて、食器を片付けていると、シーツで一杯にした洗濯カゴをアネモネが抱えていた。午前中のうちに持って来れなかったものだろう。


「それ、よかったら持っていこうか? どうせ私そこ行くし」


 何か手伝えることがあったら、と思ってたからちょうどいい。それに、洗濯物を運ぶだけなら、約束を破る事にはならないしね。


「やったぁ! 実はお願いしたいなって思ってたんだぁ」

「やだ、それならそう言ってくれればいいのに」


 声をかけてよかった。


「じゃ、お願いね」

「任せて!」


 きゃっきゃとアネモネと話した後、彼女から洗濯カゴを受け取った。まだ見習いの子達は戻ってきてないと思うけど先に行ってよう。


 廊下を歩き、外に面した通路に出ると、赤くなってきた木の葉が目に入る。今の時期、昼間だと汗ばむこともあるけど、ずいぶん涼しくなった。


 オレンジ色の軽い風が吹き抜け、スカートを揺らし、柔らかい感触が足にまとわりつく。

 1人で、静かだった。


 慌ただしさに隙間が生まれると、本来の目的が顔を覗かせる。

 そういえば、退職するまであと、4か月か。定期的に送っている家への手紙には”上手くいっている”と適当に書いていたけど、帰れば嘘である事が知られてしまうだろう。

 それでも、期限まではここにいたいと思った。だって、楽しかったから。


 分かっている。一年は、一年だもの。

 もし、デルマがいなかったら?


 と、一瞬考えてしまった自分が怖い。今まで、弟がいなかったら自分はこんなに強くいれなかったというのに。そもそも、あの家が嫌だから、2人で家を出るためにここにいる。


 このままだと、予定通り、海の向こうへ行く事になるだろう。だけど、弟が一緒ならそれはそれで安心だ。

 もしかしたら、お相手もいい人かもしれないしね。


 ここでは、レンヴラント様で頭を占める事が多いけど、ひとたび弟を思うと、それが脳内を埋め尽くす。デルマは元気だろうか?

 心配で、心配で……だから、約束通り1年間働いたら家戻ると、夏の間に決めていた。


 大きく息を吸い込み、口をすぼめて吐き出す。

 枯葉の匂いをした空気が、時が過ぎたことを体に伝える。あと、4ヶ月。


「がんばろ」


「ねぇ、ちょっとそこのあなた!」


 気を取り直して歩いていると、呼び止められ、凍りついた。

 話し方からして、使用人ではなさそうだ。かと言ってお客様だとしても、意図がなければこんな裏手に来ることはない。もしくは迷ってしまったか。


 関わらないように言われているのに……

 どうしよう。でも、無視もできないし。男の人ではないから、話だけでも聞いてみようか。


「はい。何でしょうか? あっ」


 お得意の笑顔を作り振り返ると、そこにある知った顔の人物を見て、レティセラは驚いた。


「……あなたは」

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