第16話 不器用な男
「それは、レティセラさんが、とても話しかけやすいので、リムエルト様に限らず、言い寄られてしまい、困るだろうと思っていたのですよ」
いつの間にかアルバートが俺たちを傍聴していた。相変わらず、気配を隠すのが上手い。
「話しかけやすい?」
「そうですよ。ホールを担当する使用人たちは皆さん、お客様とそれなりの距離を保って給仕してます。そうしないと、さっきみたいな事になり、危ないんです」
「……そうなんですか」
「ええ。それより、レイチェルさんが帰って来たので、レティセラさんを迎えにきましたよ。厨房に戻りましょう」
「あの、私1人で戻れますよ?」
アルバートが顔を向けると、レンヴラントが首を横に振っている。気づかれないよう、彼は小さく息を吐いた。
「この時間だと、酔っている方も多いですし、またさっきみたいな事が起きないとも言えません。ここは、謝罪を含め、送らせてくださいね」
と、アルバートはニコッと微笑んだ。
「そっ、そうですよね。それなら分かりました」
レティセラは素直に頷いた。
弁が立つとは恐ろしい。
レティセラが大人しくアルバートの後ろについて部屋を出ていく。少しは分けて欲しいくらいだ、と思いながら、レンヴラントはその様子を眺めていた。
アルバートはレティセラを送った後、すぐに戻ってきた。
「あなたは何をやってるんですか」
「しかし、あれじゃ止めたくもなるだろう!」
一歩遅ければ、襲われていたかもしれないのに。
「何もわざわざあなたが行かなくても、私に言ってくださればよかったのです」
「だって、お前いなかったじゃないか!」
「近くにいなくたって、何か指示があれば、いつもすぐに気づくでしょう?」
アルバートはローテーブルに手をついた。
「うぅ……あの時は動転して、そんな事に頭が回らなかった」
その通りだ。彼は優秀な執事。違うところにいたって自分が部屋を出れば待機しているくらいである。それしきのこと造作もない。
「あなたは、この国で序列一位の家の御令息なのですよ? 1人の使用人を特別視している、なんて知られたらどうなるか分かってるから、表立って気持ちを伝える事もできないのでしょう。というか、わたくしが止めなかったら、もう少しで言ってしまいそうでしたよね?」
「ぐっ……」
「この屋敷の中だって、それを快く思わない者がいるかもしれないんですから。どうするんですか? 変な噂なんかたったら。危険が及ぶのは、か弱いレティセラさんですよ」
「それはロザリーに頼むしか」
「彼女は信頼のおける人物ですが、メイド長ですから、四六時中見張っててもらうのは無理ですよ」
珍しくアルバートも興奮気味だ。鼻から荒く息を吐いており、落ち着かせるためか、お茶を入れると、それを俺の前に置いた。
「あと、レティセラさんに仕事ができない、なんて事言ったんですか?」
「そういうつもりで言ったんじゃない。ただ、気をつけて欲しくて」
「なら、そう言えばよかったじゃないですか。落ち込んでましたよ? 彼女。あとで、ちゃんとフォローしてあげてくださいね」
「フォローって何をすればいいんだ?」
「そんなのは、自分で考えてくださいよ」
アルバートはプイッと、背中を向けて皿を磨き始めた。
あんなに頭がいいのに、なぜこうも恋沙汰は不器用なのでしょう。だけど、そろそろレンヴラント様もこういう事に頭を悩ませるべきですね。
えぇ、もう大いに悩んでください。
わたくしはそれよりも、レティセラさんの方に手を打たないと。今回の事で、少なからず噂は立ってしまうでしょう。その事をロザリーに言っておかねばいけませんね。
アルバートは手を止めて、指の背で口を撫でていた。
レティセラはその後、厨房から出ることはなく、次の日はひたすら洗濯する事になった。メイド長、ロザリーからの指示である。
私、やっぱり仕事ができなくて迷惑かけてるのかしら。私はただ、親切な気持ちだっただけなのになぁ。
それに、可愛いって言われたら、女性なら誰だって嬉しいもの。あんな風に言わなくたって……
ベッドで天井を眺め、今日の事が、そこに浮かぶ。
楽しかったはずなのに、今は悲しい。そんな、悶々とした気持ちが、彼女の心に芽を出し始めていたのだった。
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