第15話 垂れ下がった耳のウサギ

 最初、自分は、レティセラが気に入らないからそうしているのかと思っていた。だが、彼女を気に入っていると気づいてからも、ちょっとした意地悪を言ったり、つい揶揄からかったりしてしまう。


 どうやらこれは自分の気質的なものらしい。

 あの時の笑った顔だけでは飽き足らず、困ったり、嫌がったり、くるくる変わる、そんないろんな表情を見ていたくて仕方ない。


 まるで、母親の気を引きたい子供のようだ。


 彼女は知らないというのに、想いだけは病の如く、急激に心をむしばんでいく気さえする。行くところは重病なのだろう。それでいて、気持ちを抑えることもできず、好きなのも認められない。


 どうしたものか。

 目の前で、猛獣にでも追い詰められたウサギのように、ぷるぷるとしてうつむくレティセラを見て、レンヴラントは腕を組んだまま目を細めた。


 ヤバいな。とうとう耳が垂れ下がっているのまで見える始末だ。どうも、叱られると思っているらしい。


「……おい」


 その声にレティセラが肩をビクッとさせた。


「……はい」

「どうして止めに入ったか分かってるのか?」


 しかし、これだけでもしっかり伝えておかねばいけない。さすがに分かっているとは思うが。


「それは、えっと……お客様の対応がちゃんとできなかったから」

「違う!!」


 ……分かってなかった。しかも、今の一言でさらに萎縮してしまっている。

 レンヴラントがはぁっとため息をつくと、それでさえも怖いのか、彼女はきゅっと腕を縮めた。


 俺ってそんなに怖いのか? むしろ助けたはずじゃないか。俺は不満に思い、眉を寄せた。


「あのリムエルトって奴はな、悪い人間じゃないが、酒癖が恐ろしく悪くて有名なんだ。ああいう風に、使用人を連れて行っては、いかがわしい事して問題になっている。この時期もっとも気をつけるべき人間だ」


「え! そうなんですか!?」


 マジで気づいてなかったのか……危ない奴だな。

 レンヴラントはソファに腰掛ける。


「そうだ。そんな事もお前は知らなかっただろう。急な代わりとはいえ、それでよく、ホール係をやろうなんて言ったな。それとも、可愛いなんて言われて気分でも良くしたのか?」


 ちょっと釘を刺すつもりで言っただけだった。だが、さらに落ち込んでしまったのか、握りしめた拳を振るわせている。


 しまった、泣かせてしまったか?


 焦って立ち上がり、恐る恐る顔を覗き込む。泣き顔を見たかった、というのは、口が裂けても言えるわけがなが。


「あのな、」

「それならなぜ、彼を突き出さないんですか!!」


 いや、泣いてるんじゃなくてレティセラは怒っていた。真っ赤な顔をして。その表情の変わりように吹き出しそうになり、レンヴラントは口を押さえ、表情をとりつくろった。


「酔っ払いというのは、タチが悪くてな。特にアイツは酔いが覚めてしまうと、何も覚えてない。しかも、なまじ身分がある分、関わるだけ面倒なんだ。こっちが気をつければいい事だからな。きっと、あの場にいたお前以外の人間は知っている事だぞ」


「分かりました! それなら、そういう事を覚えたら私もやってもいいんですよね。ホール係!」


「いや、そうじゃ、」


「何が違うんですか!? そういう事でしょう。不慣れって言ってたじゃないですか!! しかも2回も!」


「あれはその」


 レンヴラントはたじろいだ。

 しかも、2回目は俺じゃない。だが、こういうものは、一度だろうが二度だろうがあまり関係なかろう。


 参ったな。完全に、自分の仕事ぶりを否定された、と勘違いされてしまっている。


 別に、レティセラに不満がある訳じゃない。慣れないながらよく頑張っていると思っている。ただ、彼女は愛嬌がとてもあり、話しかけやすいのだ。


 そして、そこに笑顔が加われば、愛らしくて、リムエルトに関わらず、男が寄ってきてしまうことに、不安で仕方ないと思うのは、何も俺だけの意見だけではないはずだ。


「それは、」

「それは、何ですか!」


 う……なんと伝えたらいいのか。


「それは!」


 ゴクリっ

 この胸のモヤモヤをぶちけられたら、驚いた顔をするのだろうか。レンヴラントは、もう本音が喉元まで出かかっていた。

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