第14話 怒ってる?

「ねぇ君、可愛いね。私の話し相手になっておくれよ」


 えぇ……。えっと、こういう時はまず。

 レティセラはにこっと笑いかける。もちろん取ってつけたような偽物の顔だ。

 もし、この人がかっこいいとかだったら、嬉しかったのかもしれないけど、相手はハゲ散らかし……いえ、ちょっと髪の毛の寂しい、年のいった男性である。


 しかも、だいぶ酔っていて、正直、勘弁してほしい。


「ありがとうございます。ですが、わたくしはここを離れる事ができませんので、ご理解くだ、」


 ガバッと、両手を掴まれる。


「いいじゃないか! 他にもたくさん使用人がいるんだから、君1人抜けても気づかないって」


 うぇー、ベタベタしてて気持ち悪い。どーしよう。ロランさんは……忙しそうに接客してて気づいてなさそうだし、私がこの場に水を差すにもいかないし。


 誰かこのひひ親父を止めてくれるとありがたいんだけどな。

 といっても、周りはよく見る光景なのか、それともこんな事くらい、ここでは対処できて当然なのか、助けてくれる様子はない。


 こんなでも、一応お客様だしなぁ。

 無碍むげに扱う事ははできないだろう。


 仕方ない。少し話を聞いてあげるだけだ。外の空気を吸えば、少し酔いも覚めるかもしれないし。


「では、テラスにご案内しますね」

「君はいい子だねぇ。そうだ、私の愛人にならないかい!?」

「ふふ、ご冗談を」


 ゾゾっ、と鳥肌を立てつつも、にっこりと笑って覚悟を決める。大広間を突っ切るように手を引かれ、テラスへ連れ出されるところで、グイッと体が引っ張られた。


「リムエルト殿、申し訳ありません。この者が何かありましたか?」

「レンヴラント様!」


 レティセラは目をまん丸にした。その後ろにはアルバート様が頭を抱えているのが見えた。


 いつも失敗してると面白そうに見ているだけだから、まさか彼が助けてくれるとは思わなかった。しかも今日は、専属メイドのくせに、忙しくて朝から会っていない。

 夜会用の服を着て微笑む彼の姿は、立っているだけでも華があり、いつもよりずっとカッコよく見える。


「やあ、レンヴラント卿。その子が可愛かったから、話し相手を頼んだんだよ。いいだろ、使用人なんてたくさんいるんだから。その子私につけてくれよ」


「申し訳ありません。この者はまだ、ここに来て間もなく、不慣れでして」

「いいんだよ、その不慣れが可愛いんだから!」


 ちょっと! 不慣れ不慣れっ、て2人して言わないでよ!


 と言いたかったけど、触れている腕から、ピリッとした、気にしなければ気づかない、そんな緊張が伝わってくる。

 もしかして。

 レティセラは顔をあげて、影をつくるレンヴラントの様子を確認すると、パッと目を逸らした。

 ……怒ってるっぽい。


「貴殿はずいぶんと、酔っておられるようですので、部屋まで送らせます」

「その子が送ってくれるの?」


 それは絶対いや!!

 レティセラは隠れるようにレンヴラントの後ろ移動すると、手を前で組んだ。


 彼女が震えて自分を見あげている事に気づいたレンヴラントは、怒りと、呆れと、可愛らしさに頭を抱える。


「……アルバート。兵を」

「畏まりました」

「なっ!? 取り押さえるつもりか!」

「そんな訳ないでしょう。うちの自慢の兵士が、貴殿が安全に部屋まで帰れるようお送りします」


「私は酔ってない!!」


 空になったグラスを振り回して、騒いだリムエルトは、呼ばれた兵士に引きられるように連れていかれる。


「酔ってるやつはみんなそう言うんだ」


 周りが、やれやれ、といった感じにため息をついている。


「確かに……」


 と、レティセラは頷いた。


「何が、確かに、だ。どうしてお前がここにいる? 厨房で洗い物をすることになっていただろう」


 レンヴラントは腕を組む。

 うぅ……人前だから、笑ってるけど。結構怒ってる。


「ええと、その、それが。かくかくしかじか」

「そんな事があったのですか」


 アルバートも呆れて口に手をあてた。


「アルバート、お前ちょっと見てこい、それで手伝ってきてやれ」

「それだとあなたは」

「俺は少し疲れたから控えにさがる」


 そう言って彼を先頭に、3人は出入り口に向かって歩き出す。


「では、わたくしは様子を見に行ってまいります」

「ああ」


 大広間を出たところで、レンヴラント様は、アルバート様に返事しながら反対側を向いた。私は、というと。両方の姿を見比べて、ニコッと笑った。

 どっちについていくか、そんなのは決まっている。


「じゃあ、私は厨房に戻りますね!」


 そそくさと逃げようとしていると、レンヴラントに首根っこを掴まれた。


「何言ってる。お前は、ちょっと来い!」


 あー……デスヨネェ。

 コワイヨー。ここは、アルバート様、助けて!


 助けを求めるように彼を見ても、にこやかに会釈をして行ってしまった。

 そんな!

 やっぱり、安易に引き受けるんじゃなかったかもしれない。うわーん。


 もう仕方ない。レティセラは肩を落として、レンヴラントの後をついていくのだった。

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