第13話 ホール係

 舞踏会が大広間で開かれている。ウォード家の夜会だもの、いくら使用人が多いとはいえ、まかないきれないほど、たくさんのお客様が参加しているはず。


 実際を見ていないけど、戻ってくるグラスを見て想像がついた。きっと、ホール係の人はスマートに給仕してるだろう。だけど、ひととき裏に入ればそこは戦場。


 嵐のように、足りないものや、誰のところに行って欲しいなどの指示や報告が飛び交っている。


「レティセラ、大丈夫? あまり無理しちゃだめよ」

「ありがとう、アネモネ」


 私はまだ、お客様の前に出てはいけないらしいので、雰囲気を楽しみながら、大人しくお皿洗いに精を出していた。


 それにしても、ホントに慌ただしい。


 アネモネはお部屋で過ごしている方の対応をしているんだけど、そっちも大変なようだ。


「メイド長、大変です! レイチェルがさっきから見当たりません!」


 大広間を担当するロランが、そう言いながら、わさっと洗い物を流しに置いた。


 レイチェルさんは、私の少し年上になる先輩メイド。彼女は4日目の仮面舞踏会を目当に、恋人が来る、と嬉しそうに言っていた。

 ただ、その相手は予定より早く到着したようで、ちょこちょこいなくなる事があるのだ。


「何ですって!? あの子はホール係なのよ。ただでさえ人手が足りないのに1人抜けたら大変だわ!!」

「そうですねぇ。私行きましょうか?」


 アネモネが申し出ると、ロザリーは首を振った。


「ダメよ、あなたはお部屋係でしょう? そっちも手が足りなくなってしまうわ。かといって、私もレイチェルを探しに行かないといけないし」


「しかし、どこに行ったのでしょうね。こんな忙しい時に」


 ロランが綺麗な食器を抱え、答えを待たずに厨房を飛び出していく。


「たぶん、恋人が来てたから、会っているのかも」


 告げ口みたいで、私が言うのを躊躇ためらっていると、あっさりアネモネが伝えていた。


「あぁ……」


 一同察し。


「あの、」


 レティセラは小さくて手をあげた。


「お客様に飲み物をお出しするくらいなら私しますよ? もちろんレイチェルさんが見つかるまでの間ですけど」


「でもあなたは……」


 と、ロザリーは言いかけ、口を噤んだ。そして、ため息を吐くとうなずく。


「仕方ないわね、私はレイチェルを早く連れ戻してくるから、レティセラ、それまでの間、ホールをお願い」


 やったぁ!


「はい!」


 本当ならしゃしゃりでない方がいいのかもしれない、けど。レイチェルさんは恋人としばらく会えなかったんだし。会いたいと思うのは当たり前だと思う。

 それなのに、きっと怒られるんだろうな、と思うと少し気の毒だった。


 それに、役に立ちたい、って思う気持ちもあったからつい買って出てしまった。

 まぁ、それは口実で。本当は舞踏会を見たい、という好奇心だと言うのは秘密にしておこう。


 レティセラは、密かにぺろっと舌を出した。


 少しの間だけど、ダンスしてるのとか見れる! 綺麗なんだろうなぁ。

 スキップしたくなる気持ちを抑えて、その場所に向かうことにした。




「あれ? レティセラちゃんどうしたの?」


 ロランさんが気づいて声をかけてくれる。


「ロザリーさんが、レイチェルさんを連れてくる間、ここを手伝うことになりました。飲み物をお出しすることくらいしかできないですが」


「そうなんだ。それだけでもほんと助かるよ。まったくどこいったんだか」

「それは、その、」


 レティセラは恋人と会っているらしい、と彼に伝えた。


「えぇ……嘘だろ。勘弁してくれよ。みんな恋人に会いたいっていうのにさ」

「ロランさんの恋人も来ているんですか?」


 レティセラが首をかしげる。


「いや絶賛募集中。どう? 俺、結構いいやつだよ」

「ふふふっ」


 おかしくて、私は思わず笑ってしまった。


「冗談だと思っておきます」

「ちぇー、ダメかぁ」


 ダメじゃないんだけど、こんなところで返事するのもねぇ。


「すみませんメイドさん、飲み物をとっていただける?」

「はいっ、畏まりました」


 レティセラは笑顔で振り返り、はりきって給仕を始めた。



 その頃、レンヴラントは、招待客の話をつまらなそうに聞いていた。大体が自慢話。どうでもいい、と思いながらチラリと目を向けて、ギョッとする。


 おいおい、何でいるんだ?


 そこには、恐ろしいほど愛想よく接客しているレティセラの姿が見えた。


「おい、アルバート。なんであいつがここに来ているんだ」


 レンヴラントは、コソッとアルバートに耳打ちする。


「おや、本当ですね。あなたの指示通り、メイド長には人前に出さないようにと伝えておいたのですが」


 レティセラを眺めてアルバートも、顎に手をあてた。


「何か問題があったようですね」


 イレギュラーなことは、時に起きてしまう。だが、あれは許せるものではない。主に、自分がだ。


「そんな悠長なこと言ってる場合じゃない。あいつ誰にでも愛想振りまいて。見ろ、すでに絡まれてるじゃないか」


 酒で気分を良くした男が、明らかにレティセラに言い寄っている。そいつは、手を前で振りながらやんわり断る彼女に、しつこく迫り、ついには手を掴みはじめる。


 タチが悪い。こういう事があるから、人前に出すのは嫌だったのに。


「失礼、ちょっと気になることがありまして」


 とうとう我慢ができなくなったレンヴラントは、話の腰を折り、体が動いていた。

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