第12話 ウォード家の夜会
「うわぁ、凄い!!」
大広間の扉を開けて、レティセラは感動で目を輝かせた。
まるで宝石のような照明がキラキラと光り、当日には料理が並べられるであろうテーブルが、いくつも並んでいる。
その一つ一つにかけられた白いクロスは、すべて金の刺繍で縁取られ、床に敷かれた赤い
「あら、レンヴラント様はもうお出かけになったのかしら?」
「あ、はい! ロザリーさん」
メイド長である彼女は、クスッと笑って、腰に手をあてていた。
「さあ、やることはたくさんあるわ! お願いね」
「はい! 私、頑張りますね!!」
ロザリーさんには、日頃から話を聞いてもらったり、メイドの所作について教えてもらったり、とお世話になっている。
整った顔立ちの彼女は、髪をきれいに纏め、いつもキリッとしている。だけどそれでいてお堅い感じはない。凄く魅力的な見た目なのに、女性特有のねっとりさはなく、気さくで、さっぱりした性格の持ち主である。
だから、とても話しやすい。レティセラは安心して駆け寄った。
「何からやりましょうか!?」
それにしても楽しみすぎる!
「ふふふっ、そうねぇ。ここはもう、花瓶を置くくらいになるかしら? 後は客室の準備になるわね」
「お客様はいつ頃からお見えになるのですか?」
「早いと、明日からお見えになる方もいらっしゃるわよ」
「えぇっ! 明日から?」
ロザリーは頷いた。
夜会は4日間にわたって行われる。1日目と3日目は大広間をメインに使った、いわゆる普通の舞踏会。
この時期だと、たまに外で行われるものもあって、それが2日目。この日は屋外に会場が設置され、飾りは魔術で木々に施されるらしい。
見たことないからどんなものかも分からないけど、聞いただけでワクワクしてしまう。
そして、最後の4日目は、仮面舞踏会だ。
これは、家長であるオズヴァルド様のちょっとした遊びみたいなものらしく、屋敷に滞在している間に、お客様がパートナーを決めて招待状を送る、という心ときめくものとなっている。
「ちなみに、仮面舞踏会は、もしお誘いを受けたら私たちも出るのよ。雰囲気も一気に楽になるわ」
「ふぇ、それじゃあ……」
もしかして、私も誰かから誘いを受けたら?
レティセラはドレスを着ている自分を想像して首をブンブンと振った。
やだ……なんで、レンヴラント様の姿を思い浮かべたんだろ。それに、誰からお誘いなんて、私にある訳ないじゃない。でも、
「ロザリーさんにはたくさん来そうですね。お誘い」
「そう、メイド長には、毎年たくさんのお誘いが来るのよ」
振り向くと、アネモネがいつの間にか後ろにいた。
「余計なこと言わないでちょうだい。毎年困ってるんだから」
「去年は全部お断りしてましたよね。メイド長は」
「あら、あなたも誘いを受けてたのに断っていたじゃない。アネモネ」
「好みの殿方ではないんですもん」
羨ましい! なんて、羨ましい話をしているの、この人たち。まぁ、この2人なら、誘われてもおかしくないか。
2人の容姿を眺め、レティセラはにっこり笑顔を作った。
それに比べ、私は地味だしなぁ。
だけど、こんな身近でこういう話を聞けば、少しは自分も、なんて期待してしまうもの。
「さ、やりましょう!」
「はい!」
それはそれでは、やる気を奮い立たせるのだ。レティセラは張り切って準備を手伝った。
特に何事もなく準備はすすみ、お客様が着き始める。そこからが、本当に忙しかった。
日に日に人が増えてくるものだから、お食事やお茶のお届けだけでも相当な量になる。厨房の洗い物は山のように増え、シーツの洗濯もやってもやっても終わらない。
特に大変だと思ったのは、酔っ払ったお客様の対応。私が、あまり慣れてない事を知っているロザリーさんは、なるべく一緒に行動してくれて、見事な対応をしていた。
「私、ああいう時、愛想笑いくらいしかできないんですよね」
「最初はそれが出来れば十分よ。あとは慣れ。基本的に否定するのはだめね。ああいう絡んでくるタイプは、大体がこの世で一番なのは自分だと思っているから、話を聞いてあげると快く行ってくれる場合が多いけど。襲われそうな時は股間を思いっきり蹴りなさい」
ロザリーさんが、スカートの裾をあげて、何もないところに蹴りをかました。
「え……いいんですか? それ」
「いいのよ、ここのメイドはそんなに安くはないですもの」
にっこり笑う顔が、さっきよりちょっとだけ怖いけど、頼もしく感じる。憧れるなぁ、綺麗でこれならモテるのも納得だと思った。
裏方で慌ただしく動いている最中、そのまま夜会当日に突入する。だけど、いよいよだ、なんて思う暇もない。
この時ばかりは、レンヴラントも夜会の準備に行ったっきり戻ってこないレティセラに、ため息をつくだけで、文句の一つも言うことはなかった。
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