第11話 夜会シーズンの始まり

 季節は過ぎて、もう10月。この時期になると、各々の屋敷で夜会が開かれる。もちろん、このウォード家もである。


 あれから大きく変わった事はなく、平穏に過ごしている。だけど、ちょっとだけ、レンヴラント様が優しくなったかな。そりゃあ、揶揄からかったりというのは無くなったりしないけどね。


 時々、抱きしめられた事を思い出すと、恥ずかしくて顔から火が出そうだけど、あれは、ホントに何だったんだろう。たぶん、彼は気まぐれだから、きっとあんまり理由はないのかもしれない。


 それはさておき、今、私は猛烈に忙しい。

 ウォード家の夜会は、シーズンが始まってすぐ開かれる。それを数日後に控え、屋敷全体があわただしい空気で溢れかえっていた。


 私はレンヴラント様の専属メイドだから、本来なら準備に携わることはないんだけど、彼が塔城しているときは、私もやらせて欲しいと頼んだ。

 それはもう、しつこいくらいに。


 お恥ずかしながらわたくし。一応貴族だというのに、一度も夜会に行ったことがなくてですね……

 どーしても参加したかったんです。はい


 まさか、その初めてがメイドとして、となるなんて思ってなかったけど、それでも嬉しくて仕方ないのだ。


 今日は午後からレンヴラント様がお城に行くことになっている。ちょうど、昼食の片付けが済んだところである。


「じゃ、私。お手伝い行ってきますね!」


 今日の手伝いは大広間。舞踏会の場所になる所だ。

 

 早く見てみたい!!


 レティセラは午前中からそわそわしていた。


「お前さ、夜会に憧れるのは分かるが、そんないいもんじゃないぞ?」

「そうなんですか?」


 レティセラが首を傾げる。


「そうだ。豪華で煌びやかな裏には、人の欲と腹の探り合い。そして、あることないことウワサが渦巻く。これが、夜会だ」


 レンヴラントは肩を竦めた。


 なんつー夢のない……


「もうっ、それは、レンヴラント様がたくさん夜会に行っているからですよ。楽しみにしてるんですから、水を差さないでください。じゃ、私は行ってきますからね!」


 バタンっ!

 とレティセラは部屋を出ていった。


「あんなに浮かれて大丈夫なのか?」


 扉を見たまま、レンヴラントはため息をつく。


「よほど楽しみなのでしょうね。初めてみたいですから、無理もありません。可愛らしいじゃないですか」


 その様子を見ていたアルバートは、クスクスと笑っていた。


「…………」


「まったく。心配だ、とはっきり仰ればいいのです。ぐずぐずしてると、いつか誰かに取られてしまいますよ?」


「うるさい! そういうんじゃない」

「さぁ、どうでしょうか? レンヴラント坊ちゃん」

「お前、それやめろ」


 レンヴラントは立ちあがり、アルバートの手から上着を受けとった。


「でも、彼女、最近とても明るくなりましたから。使用人の間でも人気があるんですよ」

「嘘だろ?」


 上着を羽織っていた手を止める。


「マジだよ」

「素で話すなよ」

「失礼いたしました。行ってらっしゃいませ」

「あぁ」


 人気がある? レティセラが?

 確かに、最近よく他の使用人たちと、楽しそうに話しているところを見かける。それに下心があるかもしれない、と思うと急に不安になった。


 ドアノブを掴んだ所で、レンヴラントは足を止め振り返る。


「アイツ、あんな様子じゃ何しでかすか分からないから、お前様子を見ていてくれ」

「はいはい。畏まりました」

「ム、なんか気に触る言い方だな」

「そんなことはありませんよ」


 ただ、と本を戸棚に収めていたアルバートが、にっこりと笑みを見せる。


 中途半端な距離は、誤解のタネになってしまう。気をつけてくださいね、レンヴラント様。


 彼はそう思っていたが、その言葉は、まだ心に留めておくことにした。

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