第9話 迷惑じゃなくて心配

 熱は相当高くて、完全に下がるまで一週間はかかった。それよりも厄介だったのは、食事がまともに取れなくて痩せていたこと。


 もちろん、食べれてないとは思ってたけど。

 鏡を見て愕然がくぜんとする。まさか、ここまでガリガリになっているとは思ってなかった。


 我慢強いというのは、よくも悪くもあって。今回のように、しすぎている自覚が私には分からない。これは、よく弟にも言われてたことだった。


「みんなに迷惑かけちゃったな……」


 そんなわけで、この体調が戻るまで一か月はかかってしまった。


 これじゃ、専属メイドはクビかなぁ。

 それでも私は帰るわけにはいかない。家を出るための準備はまだ何一つできていないもの。


 海の向こうの相手? ううん、あれは体のいい口実で、ただの売りとばしと同じ。それに、私は母のいたこの国にずっといたい。


 だから私は調子が良くなってくると同時に、少しずつ仕事を始めたいとメイド長にお願いした。


 彼女はレンヴラント様から、今月いっぱい、少なくとも体力的が戻ってくるまでは、休ませるように言われているらしく、最初は取り合ってくれなかった。

 だけど、あまりにもしつこい私に負け、軽い作業から少しずつしてもいいと許しを得てくれたのだ。


 体が怠けちゃうしね。




 ということで。今、私は、使用人棟の廊下を掃いている。


「レティセラさん」

「アルバート様! どうしたのですか?」


 持っていた箒をそこに立てかけて駆け寄る。彼とはあの日以来、こうして言葉を交わすのは初めてだった。


 不思議なことに、レンヴラント様は姿すら見かけないのよね。おっと……そんなことより。


「その節はご迷惑をおかけしました」


 きっと驚かせてしまっただろう。レティセラは頭を下げた。


「いえいえ。お元気になって何よりです。ですが、先ほどの『迷惑』というのは少し間違ってますよ?」

「え?」


 アルバートは胸に手を当てていた。


「正確には『心配』していた、です」


 そんな事を言われたのは久しぶりだ。私は一瞬だけ目を見開いて、細める。


「そうですよね、ご心配おかけしました」


 そう言うと、彼はいつものようにニコッと笑って頷く。


「ところで話がしたいのですが、少しよろしいですか?」

「はい」


 廊下の先にある部屋に入り、背筋を伸ばす。少し緊張していた。言われることは大体予想がついたから。


「さて、レティセラさん。体調も良くなったようなので、そろそろ仕事に復帰しましょう、と言いたいところですが」


 ほら、やっぱりそうだ。多分、彼は専属メイドの解雇のことを伝えに来たのだろう。


「はい……」


 レティセラは俯いた。


「私はレンヴラント様から、体調がよくなったら、貴方の希望する場所で働かせるように、とおおせつかっております」


「はい」


「いきなりこんなことを言われたらびっくりしますよね」

「いいえ、そういわれると思っていたので」


「ですが”希望する場所”ということですので、当然、専属メイドも含みます。もしもまだ、続けてもいいという思いがあるなら、ですけど」


 ガシッ、と肩をつかまれる。少しこわいんですけど。


「レティセラさん!」

「はいぃぃ!?」

「さぁ、選んでください!」


 その視線に願いのようなものを感じた。私をこのまま専属メイドにするのは、ウォード家にとっては簡単である。だって、命令すればいいから。だけど、そうしないこの家に、ふところの深さと、敬意を抱く。


 そりゃあ、最初はムカついて、早く辞めたい、と思ったことがなかったわけじゃない。


 いい事も、悪い事もあった。

 だけど、私にとって、レンヴラント=D=ウォードという存在は、もう頭の大部分を占めている。それがなくなるかと思うと、どうしても心に穴が空いたように感じてしまう。


 ちょっと困って……それになんだか照れくさくもあった。


 レティセラは、ふふっ、と笑みをこぼした。


「私は_______」

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