第6話 ちょっとした意地悪

 レンヴラント様の無茶ぶりに振り回されて2ヶ月。それが毎日ともなれば、上手くあしらえるようになっていた。

 慣れとは恐ろしいわ、と目の前にの人物を見おろす。


 ほんっと、こう黙っていれば、肌も髪もつやつやで、その気がなくともかっこいい、と思う。


 それはいいとして。

 コイツどうしてくれようか?


 忙しいのもいいとこで。この2ヶ月間、レンヴラント様は休みもなく仕事をしていた。今日は久しぶりのお休みらしい。

 だけど、そうなると私はありがたくない。ワーカーホリックの彼が暇をもてあそび、絡んでくるからだ。


 バルコニーの長椅子で寝転び、彼は気持ちよく風を受けていた。もちろん、うちわを仰いでいるのは私である。


 眠ったかと思ってこっそり離れようとすれば、なぜか気づかれ、離席することも許されない。困ったもんだ。


「お前、逃げたい、とか思ってるんじゃないよな?」

「まさか、おほほほ」

「やめろ、気持ち悪い」


 本当ムカつく! 二言目には気持ち悪いだの、バカだの。というか、魔術が使えるんだから、風を起こすくらい自分でやれよ! バーカバーカ!


 なんていうのは、言えないのだ。


「おい、手が止まってるぞ、はやくあおいでくれ」

「申し訳ありません」


 私はにっこりと笑い、また、手を動かした。


「お前の家は大変だなぁ。娘をこき使われるんだから。はっはっはっ」


 椅子ひっくり返したろか!


 張り倒したくなる気持ちを抑えつけて、笑顔を作る。もう慣れたものだ。


 彼はの最近のブームは私の家のことらしい。

 事あるごとに、ちょいちょい聞いてくるのよね。

 だけど、癪だから本当のことは言いたくない。それは、自分がみじめだと認めてしまう気がするから。


 それは、今までずっと、作り笑いをしてきた理由でもある。


 だから、笑うしかない。


「そんな事はありませんよ。レンヴラント様にお仕えできるなんて光栄な事です」


「また、そんな思ってもないこと言って。もしかして、お前、家をおいだされたのか?」


 ああ、そうですよ。と言ったら彼はどんな顔をするのだろうか。でも、その後のダメージを考えると、表情を保つ自信がなかった。


「私も成人ですし。家もあまり裕福ではありませんから、家のために役に立ちたいと思いまして」


 と、体良く答えることにする。

 だってデリケートなところに土足で踏み入ろうとするんだもの。多少、嘘を言っても罰はあたらないよね。


「それなら、結婚すればいいじゃないか。ああ、相手がいないのか」


 コレ、絶対知ってて言ってるよね。本当コイツ最低だわ。


 レティセラが更にニコみを深めると、この話題に飽きたのか、レンヴラントはゴロっと体の向きを変えた。その時に椅子にのっていた本が落ちる。


「拾ってくれるか」


 自分でやれよ!! なんで、読みもしないのに置いてあるんだよ! もうっ


 心は荒れ模様である。


「はい。どうぞ」


 激しく心で罵声を浴びせながら、レティセラはにっこりと微笑み、本を手渡した。


「ん? それなんだ?」


 レンヴラント様は、私の首にかかるネックレスに視線を向けていた。


「これ、ですか?」


 ネックレスを触っていると、彼が手を出してくる。

 どうやら、見せろ、と言うことらしい。


「あの、これ大事なものなので……」

「いいからよこせ」


 彼は催促するように手を振った。

 イヤ、とは言わせてもらえなさそうだ。仕方なく首から外し、私はレンヴラント様の手のひらにのせた。そして、彼は、しばらくそれを眺めたあと、信じられないことに、鎖を指にかけくるくると回し始める。

 

「やめてください!!」


 私は思わず大声で叫んだ。


「お? そんな顔もするんだな」


 レンヴラントは嬉しそうに笑っていた。


 やめて、やめて、やめて、やめて!!!!

 だめよ、我慢しなさい。


 今すぐ飛びついて、奪い返したいのに、ここを追い出されるわけにはいかない、という気持ちが体を縛りつけ、中身を覆い隠すように笑顔が張りついた。


「作り笑いもここまで徹底的だと、不気味だな」


 不気味でも何でもいいから返してよ!!


 ネックレスは今にも飛んでいきそうな勢いで回転を速めると、指から外れてテラスの外に向かって飛んでいってしまった。


「お?」

「あっ!」


 2人が目が同じように流れる。


「はっはっはっ! よく飛んでったな」


 レンヴラントは額に手をかざしていた。



 悲鳴をあげそうになる口を押さえ、爪が食い込むほど手を握る。それでもレティセラは、笑顔を消すことはできなかった。まるで、呪いにでもかかっているかのように。


 強い不安が体に危機を知らせる。どろどろした液が一気に分泌し、胃の壁を溶かしているのか、じわじわとお腹が熱くなった。


 胃が痛い。

 その熱は高まり、気持ち悪さと痛みに変わっていく。そんなので取れるわけはない、と分かっていても、お腹をさすった。

 もう、心なのか胃なのかも区別はつかない。グッと堪えることで、ガタをきたしたみたいに、今度は体が震えだす。


 それなのに、笑え、と息を吸うように体は呼応した。


「あとで……探してきます」

「あ、あぁ……」


 レンヴラント様が今まで見たことのないような、おかしな表情かおをしている。もしかしたら、私が変な顔しているからかもしれないけど、今はそれどころじゃなかった。


 その後はあまり覚えておらず。もはや、慣れてしまった感覚だけで、奉仕をしていたのだと思う。レンヴラント様の昼食が終わり、ようやく休憩を取ることを許された。


 その頃にはもう、痛みも感じなくなり、ネックレスが手元にない、という不安と恐怖から逃がれるように、視界はぼんやりとして、体も浮いてるみたいだった。

 


           ※



 あのネックレス、もしかしてすごく大事なものだったのではないか、とレンヴラントが思ったのは、それを既に放ってしまってからのことだった。


 その後から、レティセラの様子は、明らかにおかしかった。

 冷や汗を浮かべ、物をおく手が震えていて。時折りお腹のあたりをさすっては深呼吸をしていた。


 ちょっとした意地悪というには、度が過ぎていると思った時にはもう、遅かった。


 彼女の苦しそうな様子を見て、レンヴラントはいつもより早めに休憩に入るよう指示する。

 部屋を出て行こうと、歩く彼女を目で追っていると、扉にたどり着く前に、ドサッ、という不穏な音ともにレティセラは倒れた。


「おい!!」


 レンヴラントは慌てて立ち上がり、彼女の体を揺する。


「おい、しっかりしろ! っ!!」

「……大丈夫です」





 ゾッ、とした……


 うっすら目を開けたレティセラは、血の気の引いた真っ白い顔で、にこっと微笑んでいた。

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