第4話 レンヴラント=D=ウォード

「おい、アルバート」


 ノックもせず扉を開ける。心配はいらない。ここは俺の部屋だからな。


「お帰りなさいませ」


 モーニングを着た物腰の柔らかい男が、中でインクの補充をしていた。こいつは執事のアルバートだ。


 そして、俺はレンヴラント。この国の宰相の息子で、その補佐官をしている。さっき庭で些細な揉めごとがあり、いま戻ったところだ。


 まったく、すぐ手が出る人間ほど不愉快なものはないな。しかし……思いっきり引っ叩かれた。


「痛そうですね。治しましょうか?」

「いやいい、これくらい自分やる」


 ドスッ! とレンヴラントは腰をかけた。

 頬をさすっていた手をとめると、彼は魔力を集中させる。


「セラピア」


 腫れていた頬が治り、ヒリヒリした感覚がなくなった。これで十分だろう。あぁ、今のは魔術だ。


 うちは、王族に次いで魔力が高い。と言いたいところだが、残念ながらそれに関しては、おそらく序列二位の、バウスフィールド家には敵わないだろう。あそこの兄弟は最終兵器のようなもんだ。


 彼らのお家騒動がなければ、ウォード家は序列二位のままだったのだから。


 それはさておき。


「ところで、最近来たメイドで、髪と瞳が茶色の人物は誰だ?」


 何故かいつも、そいつはタイミングが悪い時に居合わす。いや、別に気になってるわけじゃないんだが。この前はニヤつかれ、さっきは逃げ出され、気分が悪い。


「珍しいですね。あなたがメイドを気にかけるなんて」

「ちょっと、一言いってやりたくてな」

「何かあったのですか?」


 ふむ、とアルバートは顎に手をあてる。


 どうせ隠してもバレるんだから、と俺はあった出来事をアルバートに話すことにした。

 

「ふふふっ」

「笑いごとじゃない」

「その特徴だと、おそらくレティセラ嬢のようですね」


 すみません、とアルバートは俺の前にお茶を置いた。


 うちは使用人の離職率が低くて有名だ。父が人望ある人間だからなのだろう。だから、新しい顔が増えると、逆に目立つ。


「レティセラ? どこの家だ?」

「ノートン家ですよ」

「ノートン? まだあったのか」


 ノートン家は主人が再婚をしてから、夫人の金遣いが荒かったと聞く。没落の元凶はその相手なのだろう。


「あったのですよ。オズヴァルド様が御当主に、子供たちが路頭に迷う、って泣きつかれて断れなかったみたいです」


「また、父上もお人好しな……」

「まぁ、そこがオズヴァルド様の良いところですからね」


 よほどのバカじゃなければ、人の行動には意味がある。親が働きに出すと言うのであれば、収入のためと言うのは明らか。

 だが娘だ。


 初めて会った時、確かアイツは、きっとこれからいい出会いがある、と言っていた。おそらく結婚相手でも探すように言われてきたのだろう。


「不謹慎な」


 レンヴラントはお茶を一口すする。口の中に微かな渋みが広がった。


「さぁ、どうでしょう。そんな意欲があったら、我が主にも分けて欲しいくらいですね。兄も嘆いてましたよ。うちの主人もなかなか結婚してくれないって」


 アルバートは上級使用人の家系で、兄はバウスフィールド家の執事をしている。


「う……痛いところ突いてきたな」


「当たり前でしょう。今年中に相手を見つけるようにと言われているのに、片っ端から断るようなことをなさっているのですから」


「兄のせいだ!」

「また、レナード様のせいにして」


 そう、もともと家は、兄が継ぐことになっていた。だが、いきなり他国の姫君に一目惚れしたと言って、国を出て結婚してしまったんだ。

 そのため俺が家を継ぐことになったのだが。


 それ自体はよかった。

 だけど、そうなると早く後継ぎを作れというから、面倒な事になった。


 自慢じゃないが、俺は家柄もよく、顔だっていい方だろう。結婚相手を探している、と話が広まると、それを証明するかの如く、俺には縁談話が毎日届いた。それはもう、山のように。


 さらにそれに加え、夜会ではたくさんの令嬢に詰め寄られる始末。


 結婚願望がないわけじゃないが、女性に対し、苦手意識を募らせないわけがない。

 

「それと、もうそろそろ専属メイドを選んでくださいね」

「お前が妊娠させたりするから……」


 前の専属メイドは出産のため、2月に退職している。怨みがましい目でアルバートを見た。


「何言ってるんですかね、あなたは。妻なんだから子ができて当たり前でしょう。兄はエリュシオン様の結婚を見届けるまでは、独身を通すと言ってるんです。わたくしが後継ぎを考えないと」


 アルバートは胸に手をあてて言った。


 そりゃそうだ。エリュシオンのところは訳ありだから、そんな簡単に結婚なんてしない。俺にも何か理由があればいいが、あいにくヘビーなものは持ち合わしてはいなかった。

 それでなくても、執務しごとで忙しいのに。


「あぁ、面倒だ」


 レンヴラントは背もたれに寄りかかり、天井を仰いだ。


「では、わたくしが選んでよろしいのですね? 専属メイド」


 そうだな。確かにアルバートは人事のエキスパート。その方が妥当な人間を選んでくれるに違いない。


「頼む」


 そう思って、レンヴラントはひとこと答えた。

 


          ※




「……職務態度は良好。活発で意欲的。ふむふむ、悪くないですね」


 アルバートは名簿を眺めていた。今、レティセラ嬢は使用期間を終えて、メイド長が配属を決めている最中らしい。


 すでに配属されている人物を引き抜くのは、その場所のバランスを崩すおそれがある。それなら、元から配属先が決まってない人間を選んだ方が効率がいいだろう。


 そう考えると、彼女はうってつけだった。


 アルバートは、サラサラと告知用の紙を書いて、メイド長に渡す。


「これでよし。レンヴラント様の反応が楽しみですね」


 アルバートは、明日のことを考えて、ふふっと笑い声をあげた。

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