第2話 彼との出会い

 翌日。

 デルマにお別れをして、私はウォード家のお屋敷にやって来た。


 うわぁ、すごい!


 馬車から建物を眺めて目をパチパチさせる。門を入ったというのに、まだお屋敷の入り口は見えない。大きな庭を抜けて。窓を開けると冬の冷たい風が、鼻先を赤くさせる。

 

 咲いてる花はないけれど、葉についた霜が陽にあたり、それはキラキラとしていて、とても綺麗だった。


 ようやくついた先で馬車をおり、ニコッと笑って頭を下げる。


「今日からここでお世話になります、レティセラです。よろしくお願いします!」


 家を出たこともないし、メイドとして働くのだって初めてだ。大丈夫だろうか、という不安と、新しいことに対して、このとき私は少しワクワクしていた。






 ────それから1ヶ月後。


 覚えなきゃいけないことは沢山あった。やる事も沢山ある。最初は色んなことに驚いて、慣れないことに失敗もして。だけど、みんな親切で。私もはやく仕事ができるように頑張れた。


 何より、ウォード家の主人であるオズヴァルド様がいい人だったから、その家族が気持ちよく過ごせるようにご奉仕できるのは、私にとって嬉しいことになっていた。


 そんな生活にもようやく慣れて、心に余裕ができた頃、私は弟のことを思い浮かべていた。


「デルマ、大丈夫かなぁ」


 洗濯カゴを持ち、廊下を歩きながら呟く。


 それに、結婚相手探しのことも。


 確かに大貴族のお屋敷だけあって、使用人もそれなりの家柄な人たちばかり。見た目だってキレイな人が多い。仕事上話すことはあるけど、なかなかそれ以上の仲に、ってわけにはいかない。


 それに、御令息のレンヴラント様は気難しいらしく、メイドとしてまだ未熟な私は、あいさつはおろか、姿もまだ見せられないと言われている。


 全く手をつけられていない状況だった。


 大体無理な話なのよ、私は美人ってわけじゃないもの。


 はぁっと息を吐いて、首を振る。


 ううん……弱気になっちゃダメ!

 どっちにしたって、あの家には、私たちの居場所はないんだから、この一年でどうにかしなきゃ!


「きっと、これからいい出会いがあるわ!」


 そう言って、洗濯物を持ち直し、廊下の角を曲がった時だった。


 ドンっ!


 何かにぶつかりレティセラは尻もちをついた。カゴが落ちて、シーツが床に散らばる。


「いたぁ……」

「なんだ? お前」


 何なのよ、とあげた顔をあわてて伏せて、姿勢を直す。

 マズい。

 ドッと速くなる心臓を、落ち着かせるように胸に手をあてがった。



 艶のある紺色の髪に、整った顔立ち。すらっとして背が高く、この家の紋章であるフェニックスが服に刺繍されている。そして、噂に違わぬイケメンさ。



「も、申し訳ございません! レンヴラント様」


 会わないように、って言われていたのに。


「新しく来たメイドか? フンっ、汚らしいな」


 ちょっと! 私、毎日お風呂入っているんですけど!


 でも、そんな抗議なんてできるわけがない。ここを追い出されるワケにはいかないもの。


 煮えるような血液を走らせたまま、私は顔を痙攣ひきつらせていた。上からは見えないから大丈夫だろう。


「早くどかせ! 邪魔だ」


 周りには落としてしまったシーツが散らばっている。彼は、私の後ろ側にある、自分の部屋に行きたいらしい。


「申し訳ございません。今すぐ!」


 レティセラは急いでシーツをカゴに押し込めて、すすす、と端に寄り、ここぞとばかりに営業スマイルを発動させた。


「どうぞ」


 靴音を鳴らしてレンヴラント様が前を通り過ぎていく。早く行って! と願っていると、彼が振り返った。


「大方、男のことでも考えてたんだろう? ニヤついて気持ち悪い」


 と、彼はあざ笑った。その後ろ姿を、ポカン、と眺める。そして、完全に扉が閉まったところまで見届けると、私はシーツを床に叩きつける。

 顔は怒りと、恥ずかしさで真っ赤になっていた。

 





 その後、レティセラは洗濯場まで行き、黙々とシーツを洗っていた。


 何よ、あの人! 頭にくるわ!


 パンッとシワを伸ばす。

 思い出すと思わず布を破ってしまいそうだった。

 私は我慢強いけど、内気なわけじゃない。人並みの感情だってもち合わせているんだから。


「なんか、珍しく荒れてるわね」

「んー、嫌なことがあったみたい」


 同じメイドの子たちが、そんな話をしているのも気づかないくらいに、バシャバシャと水飛沫をあげて、洗濯に没頭していた。


 レンヴラント様といえば、容姿端麗で頭がよくみんなから憧れの的。それがアレ。頭から追い出したいのに、蘇ってくる、あざ笑った顔。


 悔しい!

 私は絶対あんなのに惚れたりしないんだからー!


 私はそう心に誓うのだった。

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