家を追い出された地味な私は、いぢわるな俺様貴族の専属メイドになりました

天野すす

第1話 レティセラ=ノートン

「おまえ、まだそんなの持ってるのか? 早く捨てろよ」

「これは、わたしにとって、大事なものなの!」


 いつも、これだ。

 私が髪につけている『リボン』が原因で、彼との口喧嘩が始まる。


「オレは、それが目障りなんだよ!」


 ひどい! 何故そんなに、このリボンが嫌なの?


 やっぱり。この人は私のことを揶揄からかっているだけなのかもしれない。


 ショックで溢れる涙を振り落として、彼を睨みつける。


「それなら、見えないところに行けばいいんでしょ!」

「ちょっと待……!」


 私は屋敷をとびだして、ひた走った。

 そしてよく行っている街のお店に、いつものように逃げ込んだ。




「おや、また飛び出してきたのかい?」

「だって! これを捨てろというのよ?」


 リボンを指でつまむと、店のおかみさんが笑った。


「あの方にだって、嫌がる理由があるんだろうさ」

「でも……」


 俯いて眉をよせる。


「おまえさんが、そうやって、喧嘩できる相手に出会ったのはいい事だけど、あんまり困らせていると、愛想つかされちまうよ?」


 おかみさんは私の頭を優しく撫でながら、なだめるように言った。


「そうなんだけど、つい」

「まぁ、せっかく来たんだから、落ちつかせていきな」

「うん……ありがとう」


 重い足取りで2階にあがり、パタン、と部屋の扉を閉める。


 どうしてこうなっちゃうんだろう。

 私はその場で床にへたり込み、膝に顔をうずめて目を閉じた。



                ※


 レティセラ=ノートン、それが私の名前。


 地位も財産もほとんどない、没落貴族の娘。少し裕福な平民みたいなものだ。


 体の弱かった母は、弟のデルマを産むと共に、この世を去った。それが5年前のこと。


 しばらくの間、悲しみに打ちひしがれてた父を、子供ながらに心配していたけど、2年前に気持ちの整理がついたのか再婚した。


 その事に対し、最初はよかったと思っていたんだけど……


 一年前、後妻との間に子供が生まれると、両親は前妻との子供である私たちをうとむようになり、しまいには部屋も離れに追いやられてしまったのだ。


 それでも私には、デルマがいる。もともと愛想は良い方だし、自分で言うのもなんだけど、我慢強い。だから、なんとかめげずに過ごせていた。




 そんな訳で、しばらく顔なんて見ることもなかったのに、私はある日突然、父に呼び出された。


「お久しぶりですね。お父様」

「あぁ、」


 挨拶もない。

 歓迎なんてされないのは分かっていた。ただ、使用人が来たみたいな返事に、イラッとしながら、皮肉をこめてにっこりと笑みを作った。

 これは、私なりの処世術である。

 

「おまえは、明日からウォード家で使用人として働きなさい」

「え、明日ですか!?」


 ずいぶん急な話だった。それに、ウォード家なんて……


 ウォード家は、序列一位の貴族。このフェガロフォト国の宰相をしている家だ。そこの使用人となれば、ウチのような没落貴族じゃなく、それなりの身分じゃないとできないはず。


 一体どんな手を使ったか分からないけど、私だけなら素直に、はい、と言っていただろう。


「それだと、デルマが1人になってしまいます!」


「デルマなんかより、お前は自分の心配をしろ! 成人を迎えたというのに。いつまで、ここに居座ってるんだ! 男の1人でも捕まえてこい。そうだ、ウォード家の息子は今婚約者もいない独り身だから、ちょうどいいじゃないか? そしたら家も建て直しができるだろうしな」


 父は他人事のように鼻で笑った。


「そんな……」


「口答えは許さん! 一年待ってやる。もしダメだったらデルマと一緒に海の向こうへ嫁に出すまでだ!! いいな!」


 確かに私は、茶色の髪に同じ色の瞳という地味な見た目。夜会にも行けないから、適齢期であるにもかかわらず、縁談話の一つもやってこない有様だった。


「そんな無理です! お父様!!」


 胸元で、ぎゅっと、手を握りしめる。


「いいから早く支度しろ。明日早くに迎えがくる事になっているからな」


 父は、早く出て行け、と言わんばかりに手を振った。


 それはたぶん、口実で。本当は私たち2人をここから追い出したいのだろう。有無もなしに。


 息を吐き出し、レティセラはにっこりと笑った。


「分かりました」


 今までは、少しくらい父親としての愛情が残っているのかと思ってた。だけど、今のを聞いて分かった。

 そんなものはもう、ないのだと。


 それなら、どうにかしてやろうじゃない。それで、こんな家出てくんだから!


 部屋の扉を閉めたあと、レティセラは、キッ、と目をつりあげて、自分の部屋へ戻っていく。


 まだ春には早い、2月のことだった。


 

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