第11話 怠惰のベルフェゴール

 俺はレノンに近づく。

 そして安心させるように肩に手を置く。


 「まだ勝機はある。諦めるにはまだ早い」


 するとレノンは歯を食いしばり俺の胸ぐらをつかむ。

 そして泣きながら俺に訴える。


 「あいつは、王国騎士総出で戦っても勝てなかったんだぞ!! それなのにこの人数じゃ……」


 俺はある伝説を思い出していた。

 ベルフェゴールの伝説。

 俺はレノンに聞いてみる。

 「ベルフェゴールに攻撃は当たったか?」

 「え? なんでそんな事知ってんだよ?」

 「やはりな」


 ベルフェゴールの最も恐ろしい能力は周りを怠けさせること。

 どんなに闘争心あふれる相手であってもベルフェゴールの能力で怠けさせられてしまう。

 よって攻撃は当たらない。

 しかしそんな相手にも秘策は用意してある。

 俺はコートを片手で持ちダークマターを込める。

 

 「何やってんだクロイ?」

 「俺の切り札だ」


 コートはダークマターを吸収してどんどん形を変える。

 その形は鋭い十字架。

 名は犠牲クロス十字架サクリファイス

 

 「すごい。この十字架ものすごいパワーを感じる」

 「まあな。だが同時に代償も払う」

 「でもなんだか気分が悪い光だね」


 ルスペルカは少し犠牲の十字架から距離を置く。

 それもそのはず。

 これはある怨念から作り出した悪魔の兵装。

 使えば最後確実に相手を殺すことができる。


 「これで完璧だ。行くぞ王座の間に」

 「ああ、俺は王子としてこの国を、いや世界を取り戻す」


 レノンは決意を胸にギュッとこぶしを握り締める。

 俺は残るダークマターを振り絞り覚悟を決める。


 「この武器の説明はないのか?」


 レノンは犠牲の十字架の能力を聞いてくる。

 話すメリットは今の彼にはない。

 いやデメリットしかない。

 第一ベルフェゴールがどんな手を使ってくるかわからないしな。


 「ああ、やつの能力の詳細がわからないからな。これはいざとなった時の最後の手段だ。それより早く王座の間に案内しろ」


 レノンは納得はしていなかったが手招きする。


 「わかったついてこい」


 レノンは歩き始めた。

 王城の地下室から階段を登る。

 流石は王城、立派な作りで豪華な装飾が施されている。

 階段の踊り場には王様の肖像画がデカデカと飾られていた。

 立派なあごひげを生やしたじいさんだ。

 しかしこの王はもう死んでるんだな。

 そう思った俺はもし最後に死んだときのためにルスペルカがちゃんと生き延びられるように助言を施す。


 「ルスペルカ、もうこの時点でお前はダークマターに耐性がついている。鍛えれば俺みたいな人間になるだろう」

 「私もおじさんみたいに強くなれるの?!」

 「ああ、なりたいか?」

 「うん!! 私は凄いヒーラーになるよ!!」


 ルスペルカは笑う。

 覚悟は本物のようだ。

 できれば俺のような生き方はしてほしくないが生きるすべを教えなければ。

 そこで俺はルスペルカに最初の教訓を与える。


「ルスペルカ、力が欲しかったら黒い植物を食え、そして化け物も残さずちゃんと食べるんだぞ」


 するとレノンが気味が悪いように引いてみる。


 「そんなキモいことするかよクロイ」


 まあ、無理もない。

 俺のような異常なやつを気味悪がるのは当然だ。

 それにこんな状況だ。

 

 俺たちは階段を上がり大きな扉の前にたどり着く。

 扉には獅子のエンブレムが施されている。


 「ここが王座の間だ」

 「すまんな、案内ご苦労。ベルフェゴールには最初に俺が接触する。お前たちは見ておけ」

 「期待している。何か手伝えることがあるなら教えてほしい」

 「ふん。まあ若者は見ていろ。これがおっさんの戦い方だ」


 俺は王座の間に入る。

 重い扉を開けた先には王の椅子にふんぞり返る気持ち悪い見た目の悪魔がいた。

 頭からは角が生えており全裸でピンク色の肌をした人外。

 身長は1メートルにも満たない。

 おまけに異臭が漂っている。

 それ以上に奴の尋常じゃないパワーを感じる。

 これが七大罪。


 「お初にお目にかかりましてベルフェゴール」


 ベルフェゴールはケツを掻きながらつばを吹きかける。

 俺はそのつばをするりと躱す。

 そしてベルフェゴールは汚い口で話す。


 「その姿、ベルゼブブを殺した男か」

 「そうだ、まずは俺の贈り物をプレゼントしよう」


 俺は犠牲の十字架で手首を切る。

 血がビュッと出てきてべっとりと刃先にまとわりつく。


 「おじさん!!」


 ルスペルカの悲鳴が聞こえる。

 俺は後ろを振り返るり安心させる。


 「それは戦士の儀式か? それとも血迷ったか?」


 ベルフェゴールは俺のやった意味が分からないようだ。

 どうやらベルゼブブからは情報を聞いていない。

 しかしこれはまともな戦い方ができない時の隠し玉だ。


 「なに、ダークマターで刃先を強化しただけだ」


 俺は嘘を言って相手をだます。

 ベルフェゴールは疑うだろう。

 しかし疑ってもお前の死は変わらない。

 もうすでに準備はできた。


 ベルフェゴールはゆっくりと立ち上がる。

 戦闘態勢というわけか。

 そしてパンと手を合わせると王都を覆っていた紫の光がベルフェゴールに集約する。

 そして激しい地震が俺たちを襲う。


 「なんだ?!」


 レノンが慌てる。


 「落ち着けレノン」


 「しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! はァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 ベルフェゴールが声を上げながら力をためる。

 するとベルフェゴールの体が変化していく。

 筋肉が盛り上がり身長も伸びて3メートルほどになる。

 角も禍々しい形となり凶暴性が増したようだ。


 「何をしたベルフェゴール?」


 するとベルフェゴールはドスの効いた声で話す。


 「洗脳された人間の魂を取り込んだ。お前に勝ち目はない」


 なるほど、あの紫の光は魂を集める魔法かなにかだったのか。

 しかし妙だ。

 俺は疑問に思っていたことを話す。


 「その人間たちはとやらを復活させるためのものではないのか?」

 「ふふふふふ。もうあの方に捧げる供物は集め終わった。この取り込んだ人間たちは俺自身を強化するためのものだ。そしてクロイ、貴様を殺す術でもある」

 「そうか。お前を倒せば取り込まれた命は蘇るのか?」

 「いや、この俺を殺せば取り込んだ命も消失する。助かる見込みはない。俺と同化した時点で個々の意識は死んでいる」

 「そうか、じゃあ手早くお前を殺さないとな」


 俺は一気にベルフェゴールに攻め入る。

 まっすぐな単調な動きだが反応できるかベルフェゴール?


 「それが噂に聞くお前の武器か」

 「ああ、『犠牲の十字架と呼ぶ。残念だったな、ベリアルからこの武器の詳細をつかもうとしていたようだが……」

 「ふふふふ、もとより堕天使は仲間ではない。利害の一致で仕方なく同盟を組んでいるだけだ」

 「ふん、まあいい。俺はこの剣でお前を殺す」

 「殺ってみろ人間!!」


 するとベルフェゴールは腕から黒い魔力弾を放ってくる。

 俺は剣で魔力弾を弾く。

 剣に当たった魔力弾はぶつかると同時に霧散する。


 「ふむ。その剣からは聖なる力を感じる。だが同時に負の魔力も存在しているようだ。嫌な光だ」

 「ならその光で焼き殺してやるよ」


 俺はベルフェゴールに接近する。

 しかし城を覆っていた肉片が動き出しさっき突破した触手のような動きをして攻撃してくる。

 俺は未来視とダークマターのゴリ押しで触手を薙ぎ払う。

 この犠牲の十字架には聖なる力が宿っている。

 悪魔の技は全て打ち消すことが出来る。

 そして触手は糸のように簡単に切り裂かれる。

 触手を適当に間引いて俺は道を作る。

 ダークマターの消費は考えず全力で走る。

 音速を超えた速度でベルフェゴールに近づき剣を上段に構えその首を狙う。

 刃先についた俺の血液がベルフェゴールに降りかかる。

 しかし切り刻む寸前に意識が唐突になくなる。

 俺はそのまま眠りについてしまう。

 これがベルフェゴールの怠ける能力か。

 これは魔法や呪いの類ではない。

 だから跳ね返せない。

 しかし。


 ______________________________________


 そして俺は目を覚ます。

 俺はぐったりと倒れていた。

 見ると床は血まみれで俺のベルゼブブの能力も解除しかかっていた。

 俺は腹に痛みを覚える。

 巨大なドリルで腹に穴を開けられたような痛みだ。

 俺はその傷から怠けている間に一瞬で蹴り飛ばされたことを理解する。

 するとルスペルカとレノン、神官2人が駆け寄ってくるのが見える。


 「おじさんしっかり!!」

 「すぐに回復魔法!! おいクロイ死ぬな!!」


 俺は神官から回復魔法を受けるがゆっくりと立ち上がる。


 「おい無理に立つなクロイ!!」

 「あれを見ろ」


 俺はベルフェゴールを指差す。

 レノンとルスペルカは振り向く。

 そこには大量の血を流しているベルフェゴールの姿があった。

 

 「なんでだ? なんでベルフェゴールが血を流している?」


 しかしベルフェゴールの傷はすぐに塞がっていく。

 それと同時に俺の体も癒えていく。

 レノンは感づく。


 「まさか、お前?!」

 「そうだ。この犠牲の十字架は俺の血がついた相手と俺の体をつなげる。そしてすべての感覚が共有される。今、ベルフェゴールと俺はつながっている。俺の痛みはベルフェゴールに伝わりベルフェゴールが回復すると俺も回復する。さらに俺が意識を失えばベルフェゴールも意識を失う」


 ルスペルカは俺のことを見て泣き始める。


 「それじゃあ、おじさんが死んじゃうよ!!」

 「ああ、ここが俺の死に場所だ」


 「ヤメロ!! ヤメロ!!」


 ベルフェゴールが俺の方に駆けてくる。

 俺は犠牲の十字架を心臓付近に当てる。


 「じゃあな」


 俺は泣き叫ぶルスペルカの顔を見ながら犠牲の十字架を心臓に突き刺す。

 心臓から大量の血が溢れだす。

 そしてベルフェゴールも同じく心臓から血を流しそしてぐったりと倒れる。

 俺も全身に力が入らずその場で倒れる。

 俺は体が冷たくなるのを細胞レベルで感じていた。

 意識が刈り取られていき俺は絶命した。



 _____________________________________


 俺は暖かい場所にいた。

 ポカポカとしていてずっとここにいたいほどだ

 すると前方から誰かが来る。

 長いブルーの髪に優しそうな顔、丸いきれいな目に優しそうな物腰。

 俺は声をかける。


 「師匠?」

 

 その人影は頷く。

 俺は嬉しくて子供のように駆けていく。

 そうか、ここは天国か。

 

 すると師匠の人影は俺に言葉をかける。


 「お前はまだ早い」


 すると俺と師匠の間に水が流れてくる。


 「え? 嫌だよ。俺師匠に会いたい!!」


 俺は気づけば子供の頃の外見になっていた。


 「お前にはまだ早い。お前には家族がいる。守るべき大切な命がある。だからここに来るのは早い」

 

 すると霧のようなものが出てきて視界を塞ぐ。

 俺は霧の中でもがく。

 すると今度は水が溢れてきた。

 このままじゃ溺れる!!

 俺は空気のある上に泳いでいく。

 息が苦しい!!

 息ができない!!

 そして何かをゴクリと飲み込んだ感じがした。


 _____________________________________


 「はぁ!!」


 俺は目覚める。

 なんだ?

 師匠は?


 俺はすぐに体を見る。

 戻ってる?

 大人の体に戻っている?!

 しかも死んでない?

 じゃあベルフェゴールは?


 俺は犠牲の十字架を拾い上げる。

 そしてベルフェゴールの方を見る。

 しかしいない?


 俺の隣にはレノンとルスペルカがいた。

 俺はすぐに2人に聞く。


 「ベルフェゴールはどこだ? 俺が生き返ったということはベルフェゴールはまだ……」

 「ははははは!!」

 「ぷふふふふ!!」


 ふたりとも笑っている。

 まさかベルフェゴールに操られたのか?!

 俺はすぐに2人の肩を揺らして正気に戻そうとする。


 「おい、しっかりしろ!!」


 すると2人は笑いながら言う。


 「お前は倒したんだクロイ!!」

 「おじさんが勝ったんだよ」


 俺はふたりとも嘘を言っているようには見えなかった。

 しかしなぜ俺は生きている?


 「クロイ、お前は運が良かった」

 「運?」 

 「ああ、お前が死んだ時ベルフェゴールも死んだんだ。魔法を使っても生き返らなかったがルスペルカがベルフェゴールの死体を食わせたんだ」

 「何?!」


 俺はルスペルカを見る。

 すると目に涙をためながら嬉しそうに話す。


 「おじさんが言っていたことを思い出したんだ。死体も食べろって。だからおじさんにベルフェゴールの死体を食べさせてみたんだ。そしたらおじさんが突然光って傷も治って、本当に良かった!!」


 ルスペルカが俺に抱きつく。

 そうか、俺はベルフェゴールの強靭な回復能力を偶然に手に入れたのか。

 よく死の淵から復活できたもんだ。


 「とにかく悪かったクロイ。お前のことを悪く言ってしまって」


 レノンが謝る。

 

 「まあそんな事は気にしていない。俺の戦法はゲスかったからな」

 

 すると王座の間の上空に白い穴が開く。

 穴は渦を巻いてその場にあるものを取り込んでいく。

 間違いないホワイトホールだ。


 「な、なんだ?!」

 「どうやらお別れのときだ。お前たちはしっかり何かに捕まっておけ吸い込まれたらこちら側に来てしまう」


 俺はそう言い残して穴に向かって跳躍する。

 そして穴に吸い込まれていく。

 俺は最後にルスペルカの顔を見ようとしたが王座の間にいない。


 「おじさん!!」


 すると俺の足の方から声がした。

 見るとルスペルカもジャンプして穴に吸い込まれようとしていた。

 

 「な、ここに来たらもう戻れないんだぞ!!」

 「それでいい。私のお母さんもお父さんももう死んだ。だから私はおじさんについて行く!!」

 「未練はないんだな?」

 「うん!!」


 ルスペルカは本気でそう言っていた。

 なら止める理由もない。


 「今日からお前は弟子1号だ。俺のことは師匠と呼べ」

 「はい、師匠!!」


 そうして俺たちはホワイトホールに入っていた。


        〜完〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る