第9話 王都侵入

 俺はルスペルカにゆらゆらと体を揺さぶられる。

 すぐさま近くにおいていたナイフを取り敵の襲撃に備える。


 「ルスペルカ、敵はどのへんだ?」

 「違うのおじさん。なんだか王都の様子がおかしいの」

 「王都?」


 俺は王都の方角に視線を向ける。

 なにやら紫色の光柱が空に向かって伸びている。

 何らかの魔法か。

 それとも大規模な戦闘か。

 どちらにせよ急ぐ必要があるな。


 「ルスペルカ、王都に向かうぞ」

 「でもここからじゃ1時間はかかるよ」

 「何心配するな。俺がおんぶしてやる。さあ乗れ」


 ルスペルカは俺の背中に抱きつく。

 

 「全速力で走るから振り落とされるなよ」

 「うん」


 まあ絶対に降り落ちないようにするがな。


 俺は全速力で駆ける。

 森の入り組んだ道を迷いなく走り続ける。


 「おじさん馬みたい!!」

 「馬よりもスリルがあるだろう」

 「うん!!」


 ルスペルカが楽しそうにしているのでつい本気で走った。

 そして俺は走りに走ってなんとか森を抜けた。

 不思議なのがここまでの道のりでストレンジに出会っていないことだ。

 まだここらは全滅させていないから少しは残っていてもいいはず。

 ましてやベルフェゴールが居座る王都近辺だ。

 それなりの数がいてもおかしくはない。


 紫の光はまだ空に伸びている。

 するとルスペルカが何かを感じ取る。


 「この光から呪いみたいな嫌な感じが漂ってるよ」

 「呪いか。ルスペルカは絶対にそのコートを離すなよ」


 俺は無闇矢鱈やたらめったらに動けば敵の策にハマると思い歩いてゆっくりと近づく。

 そして王都の城壁にたどり着く。

 門から入れば敵に気づかれる。

 ここはこっそりと中に入らさしてもらおう。

 俺は50メートルはある城壁を跳躍して上る。

 ルスペルカはしっかりと背中におんぶしている。

 なのでそっと着地して街の様子を見る。

 すると俺の目に信じられないものが広がっていた。

 

 「何だこれは?!」


 王城は肉の塊のようなものに包まれていて街にも肉の破片がくっついている。

 そこはあまり問題ない。

 問題は街の住人が普段通り暮らしていることだ。


 「なんで皆こんな気持ち悪いところで笑い合っているの?」

 「わからん。しかし何らかの呪いが町の住人をおかしくしているんだ」


 俺は路地裏に降り立つ。

 警戒しつつ表に出ると普通に町の住人が歩いている。

 その数は多くまだストレンジが襲来してくる以前のような光景だ。

 俺はとりあえず歩くことにした。

 まずは情報収集だ。

 しかしここは敵地と思っていいだろう。

 なるべくストレンジには会わないようにしよう。

 そもそもここにはストレンジはいるのか?

 すると俺は歩いている男の肩とぶつかる。


 「すまない」


 するとその男は怒り狂った様子で俺の胸ぐらをつかむ。


 「何ぶつかってるんだジジイ!!」

 「待て待て話せばわかる」


 こいつ怒り方が尋常じゃない。


 「お前見たこと無い面だな。外から来たのか? 外の奴らなんて皆信用ならねぇ。外はだめなんだよ外は!!」


 すると男はナイフを取り出す。


 「こいつは外から来たぞ!! 殺せ!! 皆こいつを殺せ!!」


 何だこいつ?!


 男はナイフを向け刺し殺そうとしてくる。

 俺はルスペルカをおんぶしていたので蹴りで相手のナイフを弾く。

 そして回し蹴りで男を吹き飛ばし無力化する。

 すると周りの住人が次々と俺のことを指差す。


 「外だ」

 「俺たちを殺すつもりだ」

 「外は嫌だ。外は嫌だ!!」

 「死ねばいい。外は死ね!!」


 ルスペルカは怯えて俺の背中で震えている。

 

 「何だお前達。何があった教えてくれ」


 住人たちは俺の言葉など聞かずナイフを取り出す。

 そしてやたらめったらにナイフを振り回す。

 これじゃあ埒が明かん。

 俺は路地を走りなんとか住人から遠ざかろうとする。

 しかししつこく俺の事を追ってくる。


 「この粘着野郎!!」


 そしてその殺意は街にいる人々にどんどん伝染していく。

 すれ違った人全員が俺を殺そうと追ってくる。

 これは映画のワンシーンか何かか?!

 まるでゾンビ映画だな。

 しかし住人にナイフを向けることは俺自身が許せない。

 だがこのままではいくら俺とて生き延びるのは困難だ。

 俺の手がコートの料理包丁に伸びる。

 曲がり角で迎え撃とうとする。

 こんなナイフ1本ではすべてを切り裂ける自信はない。

 しかしやらないと死ぬ。

 俺は覚悟を決める。


 「こっちだ!!」


 下から突然声がしたと思うと道に穴が空いていてそこから金髪の男が手招きしている。

 やむを得ない。

 俺は男の手招きしている方へ走り穴に入る。


 勢いよく穴の中に入ったので尻餅をつく。

 痛い。

 俺はケツをさすりながらゆっくりと立ち上がる。

 そこはどうやら下水道のようで鼻につく嫌な匂いが充満していた。


 「くさいよおじさん」

 「匂いは俺でもどうにもできん。我慢しておけ」


 そう言ったがあまりにも臭かったのでハンカチをルスペルカに渡す。


 「これで鼻を抑えろ」

 「うん」


 俺は金髪の男の方を見る。

 腰には剣がぶら下がっており身なりの良い服を着ている。

 そのことからこの男が位の高い人間だと認識できる。

 しかも他の住人と違い俺を殺そうとはしない。

 俺は声をかけてみる。


 「お前は俺を殺そうとはしないのか?」

 「お前、救済者だろ」

 「ほう、なぜそう思う?」

 「この状況でも普通に会話ができているならそれしか思い当たらん。まあ神官という線もあるが、その見た目、そしてその身のこなし、只者ではないと感じたのでな」

 「尻もちついて痛がるおっさんの身のこなしが只者じゃないのか?」

 

 俺は冗談交じりでそう言う。

 すると金髪の男が笑う。


 「俺はお前の走りを見てそういったんだ」

 

 ふむ。

 こいつは少しは信用できそうだ。

 俺は少し警戒心を解く。


 「俺は黒井黒斗くろいくろと。救済者だ」

 「やはりな。俺はレノン。王族だ」

 「ほう。レオからお前の名は聞いている。しかし助けてもらってなんだが証明できるものはあるか?」


 するとレノンは剣を鞘から抜いて見せてくれる。


 「これは王家に伝わる剣だ。そしてこれが王家の証だ」


 レノンは剣とネックレスを渡してくれる。

 確かにネックレスは金でできている。

 そこらの一般市民が持てる代物ではない。

 加えて剣は豪華な装飾が施されている。

 この世界の文明レベルから確実に庶民の持てるものではない。

 

 するとルスペルカがネックレスを見てつぶやく。


 「これ、王家の紋章が入っている。おにいさん本当に王族なの?」

 「ああ、王族さ」


 紋章は騎士が剣を構えている。

 本当に王族なのか?


 俺は少しこいつを試すことをした。


 「七大罪について知っているか?」

 「もちろんだ」

 「ではこの世界にいる七大罪は誰だ?」

 「『怠惰たいだのベルフェゴール』だ」


 ふむ、どうやらレオの言っていることは本当だったようだ。

 

 「ではこの世界の、いや街の状況を教えてもらおう」

 「その前に場所を移そう。ここは臭いからな」

 「どこにいても臭そうだが」


 レノンは歩き始める。

 俺はその後をついていく。

 横では下水が流れている。

 とても臭い。

 ルスペルカはハンカチを鼻に当てたまま俺の背中でうずくまる。

 レノンは迷うことなく歩き、開けた場所に移動する。

 そこは匂いも比較的ましだった。

 ルスペルカは鼻に抑えていたハンカチを離す。

 俺はあたりを見渡す。

 そこには十字架のネックレスをつけた神官のような出で立ちの男と女が集まっていた。

 レノンがそいつらを紹介してくれる。


 「ここにいる皆は神官で安全な人たちだ」


 すると神官が頭を下げる。


 「救済者様!! どうかこの世界をお救いください!!」

 「我らに救済を!!」

 「ベルフェゴールを殺してください!!」


 神官たちは俺に向かって口々に話す。

 正直、誰が何を言っているかわからん。

 しかし皆救いを求めている。

 レノンは興奮気味の神官たちに静かにするよう言い聞かせる。


 「すまないクロイ」

 「いやいい。お前たちが救いを求めていることはわかった。それでこの街はどうなっている? 明らかにあれは異常だ」

 「ああ、全てはベルフェゴールの能力による影響だ」

 「呪いか何かか?」

 「やつの能力だ。ベルフェゴールは人間の心を操る。今では町の住人すべてがやつの手の中にある」

 「しかしお前たちは操られていないがなにか条件があるのか?」


 すると1人の神官が十字架のネックレスを見せる。


 「我ら神官は神から賜りしこの十字架により呪いを跳ね返しているのです」

 「ふむ。少し見せてもらえるか?」

 「はい、ですがこれを外すと奴らのようになってしまうのでそこはご了承してください」


 俺は神官のつけているネックレスを見る。

 確かにこのネックレスからは聖なる力を感じる。


 「そのネックレスに余りはあるか?」

 「はい、もう持ち主は死にましたが余りはあります」


 すると神官はネックレスの余りを俺にくれる。

 俺はそれをルスペルカにつけてやる。


 「これでいいぞ。コートを離してみろ」


 ルスペルカは恐る恐る俺のコートから手を離す。

 コートを触っていないが暴れる様子もない。

 やはり聖なるものがあればベルフェゴールの能力に対抗できるということか。


 「それでベルフェゴールはどんな能力でこの街の住人を操っているんだ?」

 「王城に立てこもり自身の肉片を拡大させる。そして肉片から発せられる能力で人々を洗脳する」


 なるほど。

 それは随分と厄介だが俺には秘策がある。


 「まあ安心しろ。俺にそんな奇妙な能力は効かない」

 「すごい自信だな」

 「まあな。それより武器は持っているか?」

 「ああ。片手剣ならこの地下通路に保管されている」

 「ここは下水道ではないのか?」

 「下水道と王城の地下通路だな。もし敵が攻めてきたときに逃げれるようになっている」

 「なるほど。ではベルフェゴールのいる王城にも入れるわけだな」


 するとレノンは困った顔をする。


 「なにか問題でもあるのか?」

 「実は王城に繋がる道は肉片に塞がれている」


 あの街中に湧いてた気持ち悪い肉片か。

 外から見ても城は肉に埋もれていた。


 「あれもベルフェゴールの一部で本体と同じく洗脳の能力を持ってるんだ」

 「攻撃はしてくるのか?」

 「ああ。俺たちみたいに神の力で守られているものは異物として排除される」


 なるほど。

 この街全体がベルフェゴールというわけか。

 

 「本体を潰せば肉片も消えるのか?」

 「ああ、おそらくは。しかし肉片は相当固くて俺らだけでは破壊は無理だ」

 「なら安心しろ俺が切り裂く」

 「それは頼もしい。では武器庫に案内するついてこい」


 そう言うとレノンはまた歩き始める。

 

 「ルスペルカも来い」

 「うん」


 俺はもう二度とルスペルカに危険な目に会わせたりなんかしない。

 ルスペルカは俺の手を握りついてくる。


 そして細い道を通り木でできた扉のついた部屋に来る。

 

 「ここに剣や盾、弓などが置いてある」

 「ありがとう」


 俺は扉を開けて中にはいる。

 そこには大量の剣などの武器が保管されていた。

 俺は適当に1つ剣を持って眺める。

 ふむ。

 持た感想は量産品って感じだな。

 特に魔法的能力があるというわけでもなく切れ味が異様に鋭いわけでもない。

 しかし使いやすく手に馴染む。

 俺は剣を1本鞘と一緒に装備する。


 「1本でいいのか?」

 「1本あれば十分だ」


 俺は武器庫の扉を閉める。

 そして俺たちはまた開けた場所に戻る。

 そして神官たちの意見を踏まえつつ作戦会議を行うことにした。

 

 


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