第4話 黒井と少女

 俺は慎重に屋敷の2階に降りておく。

 ダークマターはさっき使ったのでしばらくは使えない。

 俺は果物ナイフを手に気配がするところに向かう。

 階段を降りると『ガタガタ』と音がする。

 慌てている?

 もしやストレンジがさっきの戦闘を見て恐怖したのかもしない。

 ストレンジにも脳はある。

 強者を見て驚くことも珍しくはない。

 音はキッチンからするようだ。

 先ほど倒した四足のストレンジもキッチンを物色していた。

 何かがキッチンに居るのだろう。


 俺は隠れながらキッチンに侵入する。

 音はキッチン棚の方からするようだ。

 俺は周りを確認しながらキッチン棚の前に来る。

 そしてストレンジだった場合のことを考えていつでも攻撃できる姿勢で勢いよく棚を開ける。


 するとそこには少女が1人隠れていた。

 少女はビクビク震えながら俺を見る。

 やせ細っていて髪はボサボサ、服はかなり汚れていた。


 「おじさん誰? 私を殺すの? もう嫌だ。殺すなら殺して」


 かなり精神的にまいっているようだ。

 ここは落ち着かせよう。

 俺はナイフをコートにしまう。


 「安心しろ、俺は助けに来た」


 すると少女は俺の服装を見て少し安心したように言う。


 「あなたは救済者なの?」


 救済者か。

 他の異世界では勇者や神、天使などと呼ばれていたがここでは救済者と呼ぶのか。


 「そうだ。俺は救済者だ。名前は黒井黒斗くろいくろと。お嬢ちゃんの名前は?」

 「私はルスペルカ。この家に住んでるの」


 ふむ。

 ということはここの状況をある程度は知ってそうだな。

 

 「ここで隠れていたのか?」

 「そう」

 「お父さんやお母さんはどうした?」

 

 すると少女は目に涙をためながら悲しそうな表情をして言う。


 「食べられた。私が見てる目の前で……食べられたの」

 「そうか。それは辛かったな。しかしよく頑張った。ここでどれくらい暮らしてたんだ?」

 「奴らが来てから1週間」


 なるほど。

 ちょうどブラックホールができた時からだな。

 ここの異世界の召喚術師は早い段階で救援を要求したのだろう。

 

 しかし俺はどうも子供を相手にするのは苦手だ。

 どうやって安心させればよいのやら。

 まずはここから出なければ。


 「ルスペルカ立てるか?」

 「うん」


 ルスペルカはゆっくりと棚から出てくる。

 しかしとても弱々しく衰弱している。

 足はガクガクと震え唇は紫色をしている。

 このままでは飢えで死んでしまうな。

 

 「俺の背中に乗れ」

 「おじさん外に出るの?」


 ルスペルカは怯えながら言う。


 「ああ、ここにいても奴らに食われるだけだ」

 「だめだよ。お父さんがここから出たらだめだって言ってたもん」


 ルスペルカは泣きながら俺に訴える。


 「じゃあまずはここでご飯でも食べるか? 君はこのままでは死んでしまう。まずは栄養を取らなければいけない」

 「別にそれでいい。だって死ねばお父さんと同じとこに行ける。お母さんが優しく迎えてくれる」

 「ならなんで奴らに食われなように閉じこもっていたんだ?」

 「それは……」

 「君は生きなければならない。お父さんはきっと生きてほしいから棚に隠れるように言ったんだ」

 「……」

 「まずはなにか食べるぞ」


 俺はそういいキッチンにある食べ物を探る。

 腐ってないものを探すがだいぶ傷んで食べれそうにないな。

 すると俺は小瓶に入ったハチミツを見つける。

 ハチミツは腐りにくい。

 これならば食べれるだろう。

 俺はハチミツをルスペルカに渡す。


 「これを食べろ。少しは腹の足しになるはずだ」

 

 するとルスペルカは最初はゆっくりと食べていたがよほどお腹が空いていたのかガツガツとハチミツを食べる。

 そしてハチミツを食べたルスペルカは少し元気が出たのか顔色が良くなっていた。

 他にも食べ物がないか探していたがほとんど食われていたり腐っていたりしたので諦めた。

 またパン屋に寄ってなにか持ってくるか。

 しかしまた俺がいないところでストレンジに襲われたら嫌だな。

 ここはルスペルカを連れてパン屋まで行くしかないか。


 「ルスペルカ、もうしんどくないか?」

 「うん」

 「じゃあパン屋まで行くぞ。そこならまだ食べ物があるかもしれない」

 「え、外は嫌だよ」


 うーん。

 やはり無理そうか。

 しかし置いていくのは俺の心が許さない。

 こんな子供を死なせるわけにはいかない。

 ここは強引にでも連れて行くことにしよう。


 俺はルスペルカを持ち上げる。


 「離してよおじさん!! 外は嫌だ!! 襲われる!!」

 「嫌だ。パン屋に行くぞ」

 「嫌だ!!」

 

 俺は暴れるルスペルカを強引に外に連れ出した。

 外に出ると怯えるように体を震えさせながら黙り込んだ。

 まあこのあたりのストレンジはだいたい片付けた。

 パン屋までの道のりは安全だろう。

 しかしどうしたものか。

 確かにルスペルカの気持ちはよくわかる。

 俺も初めてストレンジと対峙した時は震えていた。

 組織の養成所で鍛えられたとはいえ本物は練習とは違う。

 しかし2体3体と数をこなしていけば不思議と慣れてきた。

 要は慣れが必要なのだ。

 だからルスペルカも俺と一緒にいれば安全だと慣れさせなければならない。

 

 『頑張れ』


 俺は心のなかで応援する。

 それくらいしか今の俺にはできなかった。

 俺とルスペルカはパン屋に到着した。

 

 「パンを食べるの?」

 「いやパンは腐っている。食べれても砂糖か塩だろうな」


 するとルスペルカは泣き出す。

 しまった、俺のせいだ。

 子供の扱いに慣れていないのでついホントのことを言ってしまった。

 いやでも真実は伝えたほうがいいな。


 「砂糖は腐りにくい。チーズなんかもあるかもしれん」

 「チーズがあるの?」

 「いや、おそらく」


 ルスペルカはまた泣きそうな顔をする。

 子供の扱いは難しいな。

 まあ少し探してみよう。

 保存方法が良ければまだ食べられるはず。

 

 俺はパン屋の中に入る。

 大体チーズなんかは衛生的に良いところに保存がされるはず。

 俺は床下を探る。


 「何してるの?」

 「チーズを保存している場所を探してるんだ」

 「床にチーズが転がってるの?」

 「いや、チーズは直射日光が当たると腐りやすい。低い温度でそれなりの湿度があるところが最適なんだ」


 俺は地面を見て床下の保存場所がないか調べる。

 すると扉のようなものが見つかった。

 良かった、さてここにチーズがあるといいんだが。

 扉を開けると地下につながる階段があった。

 おそらくは食べ物が保管してあるのだろう。

 しかし光がない。

 俺はコートから懐中電灯を出し下を照らす。

 それを見ていたルスペルカは言う。

 

 「光の魔法?」

 「いや、これは科学だ」

 「カガク?」


 俺は階段をゆっくりと降りていく。

 ルスペルカはこの懐中電灯に興味があるようだ。

 後で科学の話をしてやろう。

 まあ、安全が確保されてからだがな。


 一番下まで降りるとそこは大きな倉庫になっていた。

 だいぶ商売繁盛していたようだ。

 かなりの大きさだ。


 「あの怖いものはここにはいない?」

 「断言はできないがここにいるとすればかなり頭のいいやつだろう。でもいたとしてもそいつは不幸なやつだ」

 「不幸?」

 「この俺に倒せない敵などいないからな」


 するとルスペルカはクスリと笑う。


 「なんだかクロイおじさんってナルシストなのね」

 「冗談が言えるぐらいには慣れてきたか」

 「冗談じゃないわよ」


 面白そうにルスペルカは笑う。

 俺はそれを見て少し安心する。

 さて、俺は棚からなにか食べれるものを探す。

 ここいらにあるものはだいたい食えそうだが調味料や何かしらの料理の素となるもの、そして生物が多く子供の好きそうなのは見つけにくい。

 火を使うわけにもいかない。

 どうしたものか。

 すると冷気を感じる大きな箱が置いてあった。

 

 「これは氷属性魔法?」

 「俺に聞かれてももわからんが中を開けてみる。懐中電灯を持ってくれ」


 俺はルスペルカに懐中電灯をもたせて代わりにコートの中からヒートナイフを抜く。

 これは地球のコアの素材の中に別の世界から持って帰った火焔石かえんせきと呼ばれる石をはめ込んだナイフで常時熱を発している。

 特別なナイフカバーに入れており自身はやけどをしないよう作られている。

 

 ルスペルカは箱を照らし俺はナイフを片手に素早く箱の蓋を開ける。

 中に冷気を放つストレンジがいると思ったがそこには長期保存できる食材が入っていた。

 冷蔵庫か。

 俺は少し安心して中に入っているチーズやバター、牛乳などを取り出す。


 「チーズだ!!」

 「おい、慌てるな」


 ルスペルカは俺が出したチーズを美味しそうに頬張る。

 チーズは適切に保管すれば日持ちする。

 嫌な匂いやネトネトとした感じもしない。

 腐ってはないな。


 これで少しは食いつないだか。

 問題はどうやって北に進むかだな。

 いい機会だ、ここにはストレンジはいない。

 俺は地図を取り出してなんとかルートを考える。

 するとルスペルカは地図を見て言う。


 「これお父さんが持ってたやつだ」

 「そうだ」

 「おじさんはどこに行こうとしてるの?」

 「模索中」


 地図を見た感じ俺の目的地である北の王都に行くには森を抜けないといけないらしい。

 森を抜けるには当然リスクが伴う。

 しかもルスペルカを安全に王都まで送り届けなけれなならない。

 それにこの地図はかなり大雑把だ。

 ルスペルカに聞いてみようか。


 「ルスペルカ、今後の方針を決めたいんだが王都に行くにはどこを通れば安全だ?」

 「北に行くの?」

 「ああ、人が残ってそうなところは王都だと思ってな」

 「ほんとにあそこにいかなくちゃだめなの?」

 「俺はこの世界を救いに来たんだ」


 ルスペルカは納得したみたいで地図を見ながら話してくれる。


 「北に行くにはこの魔獣の森を抜けるのが早いよ」


 ほう、この街の北にある森か。

 確かに地図で見た感じはここを抜けるのが早そうだ。


 「でも魔物が多く生息してるから危険だってお父さんは言ってた」

 「魔物か。具体的にどんなやつが出てきた?」

 「うーん。この森には百獣王レオっていう魔物が住んでるの。その魔物は異常なほど強いから街の皆もお父さんもここを通るのは危険だって言ってた。でもレオは森の守り主と呼ばれててホントは優しんだってお母さんは言ってたよ」


 俺は地図を見る。

 迂回すれば危険は少ないが時間がかかってしまいそうだな。

 それにストレンジは人が多いところに集まる。

 そして血の匂いを頭で分析し群がる。

 早くしなければ王都にいる人は全滅するな。

 ここはリスクを承知で森を越えるとするか。


 「食べれるだけ食べたら移動するぞ」

 「森に行くの?」

 「ああ、王都に急いでたどり着かないといけないからな」


 そうして俺たちは王都に向けて僅かな食料を持ち街を離れることにした。

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