第2話 閉める者

 2008年 4月3日


 俺の名は黒井黒斗くろいくろと

 クローザーと呼ばれる化け物じみた人間だ。

 俺は今、新しく北海道に発生したブラックホールを閉めるためにヘリで現場に向かっていた。

 広い海にヘリの音だけが周りにこだまする。

 俺はコートの中に隠してあるナイフを入念に磨く。

 武器の手入れは息をするのと同じくらい大切なことだ。

 その様子を長年の友人ロドスが見守る。


 「今度のブラックホールは防げそうかイカレた傷者」


 ロドスは俺の緊張を和ませるためか少し笑顔で聞いてくる。

 彼は俺のことを『イカれた傷者』と呼んでくる。


 「さーな。まだ見てもいないからなんとも言えん」


 俺の目と口元にはストレンジにやられた傷が残っている。

 だから傷者と呼ばれている。

 

 「今度の任務で引退とかは考えていないのか?」

 

 ロドスは心配気味に聞いてくる。

 まあ、もういい年扱いたおっさんだ。

 今年で56歳になる。

 普通はこんな歳まで生きているクローザーはいない。

 大体3つほどのブラックホールを閉じれば死ぬか引退する。

 まあクローザーの半分はブラックホールを閉じずに死ぬ。

 それほどこの仕事は危険で最高にクールな仕事だ。


 「引退は考えていない。年金生活なんざ俺の性に合わない。大体このスリル満点の仕事をやめちまえば生きる価値がなくなって1日中酒を煽る生活だ」

 「その時は俺が一緒に飲んでやるよ」

 「オッサン同士で飲んでも惨めになるだけだ。せめて可愛い女と飲みたい」

 「おいおい。俺の娘とは飲むなよ。お前といると悪い影響になるし下手したらお前、俺の娘に手を出すだろ」

 「さすがの俺もそこまで性に飢えていないんだ」


 俺は磨き終えたナイフをコートの中に入れる。

 ロドスは噛んでいたガムをヘリから捨てる。

 

 「嫁さんとはうまくやってるのか?」


 1番イヤな質問だ。

 俺はごまかすように瓶に入った酒を飲む。

 この酒にありつけるのも今日がシメだ。

 今度飲む時は何ヶ月ぶりになるのやら。

 いや何年も飲めないかもな。


 すると俺の電話がブルブルと震える。

 こういう時かかってくるのは親族か、同業者だ。

 俺は携帯を開く。


 「相手は誰だ?」

 「嫁さんからだ」

 「出てやれよ。心配してるぜ」


 俺は渋々電話を取る。


 「もしもし俺だ」


 電話に出てもすぐに話してこない。

 鼻を啜る音が聞こえる。

 泣いているのか。

 嬉しくなるね。


 そしてしばらくして話してくる。


 『元気かい』

 「元気な声に聞こえるか?」

 『いや聞こえない』


 それからしばらくの沈黙。


 『あんたのバディーの親族から電話が来たんだ』

 

 そう、俺は以前の仕事で相棒を失った。

 ロドスのことではない。

 ロドスはここまで見送ってくれる組織のメンバーだ。


 「それで遺族はなんて言ってた?」

 『なんで老いぼれが死なずに俺の息子が死んだんだって』

 「そうか」


 俺のバディーは最後の最後まで戦い抜いた。

 しかしまだ経験が浅く敵に囲まれ死んだ。

 いいやつだった。

 最後に俺の手を握り『先生ありがとう』と言い死んでいった。

 俺は新入りと組んで経験を積ませてやれと言われそいつと組んだ。

 才能はあった。

 生きていたら俺の後を継ぐクローザーになってたかもしれない。


 「遺族には俺から改めてお詫びに行ってくる」

 『ねえ、あんた』

 「なんだ?」

 『あんたは死なないよね』

 「俺を甘く見るな。12個もブラックホールを閉じてきた。俺は不死身だ」


 すると電話越しに涙を啜る音が聞こえる。


 『リンは今年で3才になるのよ。まだお父さんの顔も覚えていないわ』

 

 リンは俺の娘だ。

 仕事で家に帰れずまだ歩いた姿も見ていない。

 

 「今度の仕事が終われば休暇が取れる、その時は子守でも何でもするよ」

 『約束よ』

 「ああ」


 そういうと電話は静かに切れた。

 そろそろブラックホールに近づいてきて電波が切断されたんだろう。


 「嫁さん元気だったか?」

 「元気な会話に聞こえたか?」

 「お前が娘の話をしている時は元気だったよ」


 俺は電話をポケットに直す。

 ブラックホールの中じゃ携帯なんて糞の役にも立たない。

 しかし、いつか俺が死んだときに携帯に遺言を残している。

 誰かが俺の携帯を回収してくれるかもしれないからな。

 だから持っていた。

 

 俺は携帯のホーム画面を見る。

 まだ赤ん坊のリンがエリカの腕に抱かれている。

 エリカは俺の嫁さんだ。

 いい女だ。

 俺とエリカは同業者で元バディーだった。

 俺はかすんだ目に目薬をさす。


 「お前、今どのくらい見えてるんだ?」

 「視力は殆どない。目薬をささなきゃお前の顔が大豆に見えてくる」

 「能力は使いすぎるなよ」


 俺はヘリから外を見る。

 黒い海が広がっている。

 この世界はホワイトホールから出てくるダークマターで汚染されている。

 昔みたいに海水浴はできないだろうな。

 若い女の水着姿ももう何年も見ない。

 そういった性欲も仕事の忙しさで消えちまっている。

 

 「あと10分でブラックホールです」 


 ヘリのパイロットがそう俺に報告する。

 あと10分でマジバトルか。

 今度はどんな敵だろうな。

 以前のような芋虫みたいなストレンジだと嫌だな。

 ウニョウニョ系は嫌いなんだ。


 俺はスーツのネクタイを締め直す。

 俺の戦闘服はスーツとコート。

 武器はナイフ。

 いろんなナイフを持っている。

 それぞれの戦闘に分けて使い分けている。


 「お前楽しんでるか?」

 「ああ、楽しみだ。俺は風景が好きなんだ。ロールプレイングゲームはストーリーや主人公の会話や戦闘なんかより建物や自然が最高なんだ」

 「その話何度も聞いたよ」

 「これで忘れないだろ俺のこと」

 「死んでも忘れないよ。いい感じの世界だといいな」

 「ああ、できたらヨーロッパみたいなとこが良いよ」


 そして俺はロドスとの他愛ない会話を終え 超重力耐久防護服に身を包む。

 超重力耐久防護服はかなり重く30キロぐらいある。

 俺の体重を合わせると100キロを優に超えている。

 ヘリの後ろが開いて眼下には黒い穴が開いている。

 俺は下を眺め想像する。

 最高な異世界の風景を。


 「じゃあな。帰ったらまたクソみたいな話をしてくれよ」

 「わかった」

 「嫁さんのためにも生きて帰れよ」


 俺はロドスの言葉を最後にブラックホールに落ちていく。

 フワッとなって体が浮くのがわかる。

 どこまでも黒い穴に自身の体が落ちていく。

 自由落下とは違い足先から何かにつままれながら落ちていく。

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