第89話 終焉の魔女


≪魚雷が着弾します。3……2……1……≫


ズドンと云う爆音と共に、貨客船が大きく震えた。

甲板上は、跳ね上がった水飛沫の雨によって、さながらゲリラ豪雨の様な有様となる。


≪船体の沈降開始を確認!≫

「エンリ。お願い」


貨物室の前で待機していた小鳥遊クンが、エンリにこいねがう。

エンリは、「任せるのじゃ」と、首を大きく縦に振ると、目の前の水密扉に向かって詠唱を開始した。


「大気に眠るマナよ……万物に宿りし根源たる……」


エンリの詠唱と共に、魔方陣が次々と構築され、貨物室の外壁を覆っていく。


「其は、不動にて不壊の不滅の城塞なり!」


眩い光が辺りを埋め尽くした。


数秒後、小鳥遊クンが、あまりの眩しさから思わず閉じた瞼を開けると、目の前には満足気なエンリのドヤ顔があった。


「では、帰るとするのじゃ」


小鳥遊クンは急いでエンリを抱え上げると、貨物室がある区画から甲板へと、一気に駆け上がった。

甲板上には、空自のヘリコプターが1機、後部座席にゴリマッチョ部長を乗せて、準備万端、待機していた。


「離陸するぞ!」

部長が機内から身を乗り出し、小鳥遊クン達に手を差し出しながら叫ぶ。


ワタワタと、待機していたヘリコプターに、エンリを抱えて乗り込む、小鳥遊クン。

二人の搭乗を確認したヘリコプターは、爆音を轟かせて、その場から飛び立った。


≪爆発まで、残り20分です≫


計画された通り、事は進んでいる。


貨客船の船体は、きちんと垂直に沈降を続け、残りは艦橋部分が半分残るだけとなった。

この分だと、爆発予定時刻前には、無事に海底へと着床する事だろう。


計画に携わる誰もが、ほっと安堵の溜息をいた。


「なぁ、小鳥遊クン」

そんな中、沈没していく船を見つめながら、エンリは不思議そうな顔で尋ねる。


「あのアンテナマストにぶら下がっておる男は、どうするのじゃ?」

「うぇええっ!」


エンリの指摘に、小鳥遊クンが慌てて船上を確認すると、確かに艦橋上部のアンテナマストに、男が一人ひとりぶら下がったまま、「タスケテー、タスケテー」と叫んでいるのが、確認できた。


云わずと知れた、教祖様である。


「部長!」

小鳥遊クンは、慌てて隣に座るゴリマッチョ部長へと顔を向けた。


「小鳥遊クン……」


たっぷりと間を取りながら、ゴリマッチョ部長は、小鳥遊クンの両肩をガシッと掴み、真剣な眼差しで見つめながら、答えた。


「我々は、何も、見なかった。……良いな?」

「えっと………………はい」


数十秒の長い長い、逡巡ののち、小鳥遊クンは、力なく頷くのであった。

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