第88話 伝家の宝刀 5


防爆室とした貨客船ごと『核爆弾』を海中に沈める。


確かに海水の分厚い壁を使えば、『粒子放射線』も『電磁波』も、ほぼ理想的な形で減衰させる事が可能だ。

後は貨物室の機密性が完璧なら、周辺への影響は最小限に抑える事ができる。

部長は、すぐさまアルファ分隊に確認を求めた。


≪こちらA班アルファ。貨物室は放射性物質を保管する関係上、気密室となっていた模様です。水密扉を閉めれば、飛散した核物質が、外へ漏れ出る事はありません≫


「よしっ!」

これで材料は出揃った。

後は実行に移すだけである。


C班チャーリー。子供達と船はどうなった?」

≪こちらC班チャーリー。現在、18名の子供達と共に、鹵獲した半潜水艇で、貨客船から離脱中。現在地は、すぐ側の海上です≫


「了解した。B班ブラボー、すぐに操舵室と機関室を押さえろ!」

≪こちらB班ブラボー。直ちに制圧を開始します≫


「あと、前進指揮所A C Pに連絡。貨客船を沈没させる地点を割り出させろ! それに、近くを航行している潜水艦のも捥ぎ取れ! 迅速にハリーだ」


ゴリマッチョ部長の陣頭指揮の元、『の無力化』計画は、遅滞なく進められた。


その計画進行に大きく寄与したのは、前進指揮所A C Pの指揮系統が、いつの間にか一本化されていた事だ。


ゴリマッチョ部長から指示を受け、ウェイター姿の初老の男性が、全ての采配をふるう。


この権限の集約に、裏で厚生省事務次官が暗躍していた事は、疑い様も無い事なのだが、部長はあえて、その事を考えない様にしていた。


「まったく、どんな手を使いやがったのか……」


あの厚生省事務次官の手腕を持ってすれば、前進指揮所A C Pの権限を掌握する事は、確かに可能と云える。

だが、これだけの非常事態に対し、上層部や官邸サイドから、横槍が一切 漏れ聞こえてこないのはでしかない。


つまり、彼は何らかの手段を用いて、高級官僚や政治屋どもを黙らせているのだ。

いくら切れ者とは云え、一介の役人に そんな事が、果たして可能なのだろうか?


自衛隊の装備品の独断運用。

他国の武装集団との戦闘行為。

東京湾内での核兵器の起爆……


自分達がやった事とは云え、これらの案件が1つでもマスコミに漏洩リークされれば、それこそ政権だけでなく、国家そのものが転覆しても不思議ではない。


保身に走った連中が、生温い対応でお茶を濁そうとして、現場を混乱させ、結果として最悪を呼び寄せる。


そう云う未来もありえただ。

……いや、「そうなるはず」だった。


「綱渡りが過ぎる……」


なにせ、この世界は『合成の誤謬』で満ち満ちている。

一人一人が、それぞれ自分の利益になる行動を選択した結果、全体として多大なる不利益を被る事になるのが、この世の常だ。


政治家の利益、官僚の利益、現場の利益……

それぞれが、それぞれの「正しさ」を追求した結果、目の前で自国民を拉致される屈辱を味わう未来も、首都圏を核の脅威に捲き込む未来も、高い確率でありえたのだ。


ゴリマッチョ部長は、その『ありえた未来の確率』に、云い知れない寒気を感じる。


「しっかりしろ!」

部長は「パン!」と、全力で己の両頬を叩いた。


今は、ありえた未来に恐怖する暇はない。

目の前の危機を回避する事が肝要なのだ!!


「起爆時間まで間がない。全員きばれや!」

「「「はい!!」」」


ゴリマッチョ部長からの激に、力強い返答が返される。

少なくとも、今この場では『合成の誤謬』は発生しない。


一人一人が「正しい」行動を選択した結果、全体としての「正しさ」へと繋がる。

そう信じられた。



アルファ分隊が核爆弾の詳細なデータを送信する。


確認された核爆弾の情報から、推定される爆発の規模を算出。


そこから、放射線の減衰に必要な水深を割り出し、時間内に移動可能な貨客船の航行範囲から、沈没させるのに最適な地点を選定。


効率的に船を沈める為に必要な魚雷の数と着弾地点を検討。


所定の海域に船を移動させ、魚雷を満載した潜水艦を向かわせる。



そうして、瞬く間に時は過ぎていった……

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