第85話 伝家の宝刀 2


「了解です。陸佐殿」


部隊長は、艦橋に立てこもる教祖達に見せつける様に、ゆっくりと『110mm個人携帯対戦車弾L A M』の組み立てを開始した。


こいつは、ドイツのパンツァーファウスト3のライセンス生産品で、日本産業自動車の宇宙航空部門が製造を手掛ける無反動砲だ。

有効射程距離400メートル。直撃すれば700ミリの鋼板をぶち抜く破壊力を持つ。


ちなみに、製造メーカと価格から、自衛隊内の古株を中心に『空飛ぶフライングマーチ』の俗称で知られる一品である。


「待て、待て、待て! 撃つな! その物騒なモノをしまえ!」


無反動砲を組み立てる様子を眼下に目撃した教祖は、操舵室から慌てて外に飛び出すと、艦橋デッキに その姿を晒した。


遠目からでは丸腰の様に見える教祖だが、双眼鏡で良く確認すると、手には何やらスイッチらしきモノを握りしめていた。


「よく聞け! この船には『核爆弾』が搭載されている! こちらに これ以上危害を加えるつもりなら、この『核爆弾』を爆発させるぞ!」


教祖の発言に、辺りが一時騒然となった。


おいおい。幾ら何でも『核爆弾』ってウソだろ……

苦し紛れのハッタリか?

いや、それとも本当なのか?


教祖の真意を巡り様々な憶測が飛び交うも、決定的な結論には至らない。

疑惑ばかりが膨れ上がる一方だった。


≪隊長、ビンゴです。貨物室の奥に、それらしき物体を発見しました。ガイガーカウンターの針が振り切れていて、近寄る事も出来ません≫


そんな中、船内を索敵中だったアルファ分隊から、教祖の言葉を裏付ける報告が上がる。

少なくともこれで、『核爆弾』の存在が、単なる教祖のブラフである線は消えた。


「そうそう。爆弾を探し出して無力化しようとは思わない事だ。一度作動すれば、保護カバーが開き、周囲に放射能を撒き散らす極悪仕様の爆弾だ。近寄るだけであの世行きだぞ」


教祖様は、切り札の優位性を盾に、次々と無茶な要求を重ねていった。


曰く。某国の領海内まで、無事な航海を保証する事。

曰く。拉致してきた子供達を人質として、この船に置いて行く事。

曰く。自衛隊員とエンリを、即刻この船から退艦させる事。


どれもこれも、到底受け入れる事の出来ない要求だが、相手は核兵器と云う、最悪の切り札を持って、ぐいぐいと交渉を推し進めてくる。


そう。

此処は海上とは云え、紛れもなく首都近郊。

1,200万人の人質を盾にされているのと同義なのだ。


「ふはははっ! この伝家の宝刀がある限り、誰も僕には逆らえないんだ! さぁ、要求を受け入れろ!」


過度のストレスからか、徐々に狂気に染まって行く教祖様。

明らかに脳内麻薬が分泌過剰の異常事態だった。

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