第84話 伝家の宝刀 1


「部長は、何やら奴と因縁があるようじゃのう」


ゴリマッチョ部長から立ち昇る、尋常ではない怒りのオーラを感じ取り、エンリは興味深げに口を開いた。


「ああ、8年前、うちのカミさんが、当時20人はいた、あのクソ教祖サマのの一人だったのさ。……もっとも、盗まれた自衛隊の機密資料を取り戻す為、スパイとして教団に潜入していた俺が、強引にカミさん寝取って、教祖を裏切らせたんだがな」


軍用の双眼鏡を使って、操舵室にいる教祖の姿を確認しながら、部長は淡々と言葉を紡ぐ。


「教団ぶっ潰した後、どっかで野垂れ死んだとばかり思っていたが、まさか のうのうと生きてやがるとは……ほんと生き汚い野郎だ」


そんな怒り心頭なゴリマッチョ部長に対し、エンリは「そうか、そうか」と、満面げな笑みで小鳥遊クンお手製のキャラ弁をパクつきながら、呑気に耳を傾ける。


横から聞こえてくる、エンリの適当な相槌を流し聞き流しながら、ゴリマッチョ部長は、感慨深げに当時の出来事に思いを馳せた。


「まだ未成年だった うちカミさんを、強引に教祖へあてがったのが、信者だった碌でもない嫁の両親でなぁ……。教団を裏切った事で、親と疎遠になったカミさんを、俺は責任を取る形で引き取り、説得の果てに、ようやく結婚にまで漕ぎ着けたって訳だ。……まぁ、その時、カミさんたっての願いで、ほかの愛妾や教団関係者の子息も保護する事になってな、それで厚生省に出向して、今の部署を設立したって訳よ」


「うほ、小鳥遊クン。この白身魚のコンソメジュレ、うんまいのじゃ」

「あ~はい、はい」


普段は守秘義務の壁に阻まれて、なかなか云えない、嫁にまつわる部署設立 秘話を、サラリと幼女に無視され、微妙に凹むゴリマッチョ部長の哀愁漂う横顔と、「喰ったぁ~喰った」と、お腹を擦りながら、満足げなエンリのドヤ顔が、小鳥遊クンの両目に映った。


両者の ものの見事な哀楽あいらくの対比に、小鳥遊クンは心から苦笑しつつ、食後のお茶を養女に手渡す。


「んっぐんっぐんっぐ……ぷはぁ~。さて、腹も膨れた事じゃし、ちゃっちゃとケリをつけるとするかのぅ」


小鳥遊クンから渡されたお茶を一気にあおり、エンリは「どっこいせ」っと、その場から立ち上がった。


「よし、索敵に出ているA班アルファB班ブラボーを呼び戻せ! すぐさま始めるぞ」

ゴリマッチョ部長も、かたわらに控えていた部隊長に向かって指示を飛ばす。


ちなみに、前進指揮所A C Pからの新たな指示は、まだ無い。

最新の報告を上げた後に、『待機』が命じられたままだった。


そりゃあ、「首都港湾内に停泊する他国の船に、一方的に強襲を仕掛けたら、船内は武装した兵士が一杯で、年端もいかない自国民の子供達が拉致されていました」だなんて報告、ほいっと渡された所で、「どないせぇ、ちゅうんや!」と云う話である。


時代が時代なら、「よし戦争を始めるか!」となる案件だ。


それこそ戦争を始める理由としては、豚が畑を荒らした訳でも、サッカーの試合に負けた訳でも、阿片の輸入を禁じた訳でもなく、至極まっとうな部類に入るシロモノと云える。


今頃、官邸と外務省と防衛庁は、戦争容認の強硬派と反対の穏健派が入り乱れて、バケツをひっくり返した様な騒ぎで、しっちゃかめっちゃかな事だろう。


まったくもって、ご愁傷さまな事である。


ゴリマッチョ部長としては、上層部が下手に日和った指示を出してくる前に、現場の判断で、あの教祖野郎の軽薄そうなつらを、ボコボコにしてやりたいと云う思いが強かった。


ゆえに、最初ハナから選択肢は『速攻殲滅』の一択のみである。


後の事は知らん!

うちのカミさんを弄んだ男など、この世に生きる資格なしだ。


「おい、そこの『空飛ぶフライングマーチ』を艦橋にぶち込んで、ドブネズミ共をいぶり出せ!」

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