第83話 あがき


「何なんだ!? 何なんだ!? 何なんだ!?」


それは酷い悪夢だった。

教祖と呼ばれる男の目の前で、可愛らしい幼女が突如、完全武装の兵士を相手に、無双を始めたのだ。


何が起こっている?

訳が解らない。


瞬く間に薙ぎ倒される兵士達。

いつからか大きな蜘蛛も暴れ狂い、幼女に突撃して行った兵士たちは、不可思議な力によって、ことごとく地に倒れ伏した。


気が付くと、教祖と呼ばれる男は、脱兎の如く その場から逃げ出していた。


万が一に備え、貨客船の船内には、某国から連れて来た兵士達、総勢200名が待機している。

彼らは、特殊部隊出身の最精鋭と云う触れ込みだった。


そんな彼らが成す術もなく瓦解していく。


自動小銃が効かない。

機関銃が効かない。

榴弾が効かない。

爆弾が効かない。


「幼女のくせに!! 幼女のくせに!! 幼女のくせに!!」


完全武装の軍人達が、たかが素手の幼女 一人ひとりに歯が立たないなんて、そんな非常識な話があるものか!


見えない刃が、雷が、炎が、水が、虚空に突如 現れては、兵士達を薙ぎ倒していく。


催涙ガスも毒ガスも、相手には届かない。

誰も幼女を止められない。

止まらない。


まったくもって成す術がない。

何なのだ?! アレは!!


うのていで、艦橋へと逃げ込む美丈夫。

その時点で、教祖と呼ばれる男の周囲には、僅か数名程度の兵士しか、残されていなかった。


「はぁはぁはぁ……他の者達は、どうしたのですか!?」


美丈夫の言葉に対し、力無く首を振るしかできない兵士達。

外では未だに戦闘音が続いているが、段々と散発的になってきているのが分かる。


「馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な!」


そんな中、後部甲板からは、チュドゥンと云う大きな爆音と共に、火柱が上がった。


教祖が、恐る恐る操舵室から身を乗り出して外を眺めると、甲板に昇り立つ火柱を縦に切り裂き、爆心地から無傷で躍り出る幼女の姿が目に写る。


彼女は、不敵な笑みを湛えながら、真っ直ぐ此方を見詰めていた。


「なんなんですかぁ!? あの幼女はぁ??」

教祖は、理不尽な光景に頭と膝を抱え、絶叫する。


どうも世の大半の人間は、魔法と云う脅威を目の当たりにすると、恐慌をきたして、真面まともな思考を放棄しまう様だ。


「そうか! そう云う事か! あははあっは……」

混乱する頭で、何かを確信した教祖は、ケタケタと笑いながら立ち上がった。


「これは日本政府の謀略です! 僕が子飼いのNPO法人を使って<<娘候補>>を集めている事を知った政府諜報機関が、工作員を幼女に変装させて、送り込んで来たに違いない!!」


ヲイ!


「ならば、我々も日本政府に圧力をかけて、あの化け物を船から追い出せば良い!!」


すぐ其処にまで、命を刈り取る死神の鎌が迫っている事を理解している美丈夫は、自らの保身の為、船に隠された切り札を使う決心を固めた。


あの得体の知れない化け物から逃れる為に……

そして一刻も早く、この国の主権の及ばない海域へと脱出する為に……


「例のヒキガエルを潰した様な顔の野党議員と連絡を取りなさい! こうなったら<<核>>を盾に日本政府と交渉します!」


小鳥遊クン達が、輸送ヘリで駆け付けるのは、この十数分後の事である。

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