第78話 運命の巫女


「<<娘候補>>じゃとな?」

エンリは、眼下に教祖と呼ばれる美丈夫を見据えながら、あざける様な口調で言葉を紡ぐ。


「そうだよ。此処にいるのは7年前、僕の恋人達のお腹の中にいた可能性のある子供達なのさ」


甲板へのタラップを昇りながら、軽薄そうな口調で答える美丈夫。


「7年前、僕はで、この国を出なくては ならなくなってネ。その時、僕の恋人達のお腹の中に、可愛い娘達がいる事を知りながら、泣く泣く生き分かれたのさ」


重たい内容とは裏腹に、美丈夫の言葉に、悲壮感は感じられない。

逆に、どこか楽し気な雰囲気を感じさせつつ、彼は雄弁に語り続ける。


「僕の恋人達は、それこそ教団選りすぐりの美女や美少女ばかりだったからネ。生まれた子供達は、さぞ容姿端麗であろう事は、疑い様がない。そして、僕の遺伝子を受け継ぐ以上、頭の方も非常に聡明と断言できる」


そう云いながら、美丈夫は ゆっくりと甲板へと降り立った。


「そう、君みたいにネ」

美丈夫は、バキュンと人差し指でエンリを射抜くと、軽いノリでウインクを飛ばした。


「ほう。しかし、たかが生き別れた娘と再会するにしては、いささか物騒なモノが付いて回っているようじゃがのう」


そう云いながら、エンリは、美丈夫に付き従う兵士の姿を見やる。

彼らはAK-47のライセンス生産品と思われる自動小銃を小脇に抱え、ぴったりと寄り添う様に美丈夫の周りを固めていた。


「ああ、ごめんネ。僕がお世話になっている国のトップが、僕の熱烈な信者でねぇ。僕の娘達の中に<<運命の巫女>>がいるって、つい うっかり云っちゃったもんだから、今回の拉致に、すごく躍起になっちゃって……テヘッ」


美丈夫は「こんな つもりなかったんだけどなぁ~」と云いながら、軽薄そうな笑みを浮かべながら、後頭部をボリボリと掻いた。


そんな美丈夫の口より飛び出た<<運命の巫女>>と云う単語に、エンリは「それは、いったい何なのじゃ?」と首を傾げる。


「ん? ああ、<<運命の巫女>>ってのは、国家に恒久的な繁栄をもたらし、人々を理想郷へと導く至高の存在……って『設定』なんだわ、これが」


エンリの近くに寄り、言葉の最後の方を、周囲の兵士に聞かれない様に、声を潜めて呟く、美丈夫。

まったく、とんでもない暴露話である。


「あの国。今、経済とか色々とヤバくてねぇ。それこそ藁にでも縋りつきたい気分?」

美丈夫は、ケタケタと笑いながら、今回の騒動の内情を幼女に暴露していく。


『小鳥遊クンと部長が聞けば、絶句するであろう内容なのじゃ……』


よもや一連の騒動が、海外に亡命した阿呆な教祖が、国のトップに うっかり漏らしたハッタリに端を発するとは、いったい誰が想像しうるであろうか?


『まぁ良い。タネも解った事じゃし、後は経験値でも回収して、ちゃっちゃと帰る事にするかのぅ』


この時点でエンリは、既に目の前の教祖に対する興味を失くしていた。


それも そのはず。

わざわざエンリが足を運んだにも関わらず、この美丈夫は、『英知の書庫』足る資質を、何1つ持ってはいなかったのだ。


これだけ近付いても、集合的無意識に繋がるパスは一向に太くならない。

スキルやステータスの読み取り効率も、まったく高まる気配が無かった。


『小鳥遊クン水準レベルは望まぬが、せめて、あの事務次官とやらの半分でも資質を有しておれば、それなりの使い道があったのじゃがのぅ……』


無駄足を踏まされた事は業腹だが、こればかりは仕方が無い。

もともと、そう簡単に見つかるモノではない事は、覚悟の上なのだ。


とは云え、せめて手間賃くらいは回収しておかなければ、気が済まないのも、また事実。


ふと見渡すと、教祖を名乗る男を取り囲む、屈強な兵士達の姿が目に写った。


確認するまでもない。

彼らは、先程、地下駐車場にたむろしていたNPO法人のスタッフに比べれば、格段に高い経験値を有している事、請け合いだ。


「さて、狩りの時間なのじゃ」


エンリは、目の前にぶら下がる、経験値と云う名の美味しそうな果実に対し、妖艶な舌なめずりで答えるのであった。

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