第77話 因縁 2


そうだ。

今、考えるべきは、事務次官の事ではない。

まずは、近々の問題を片付けなければ……


ゴリマッチョ部長は、気持ちを切り替え、小鳥遊クンと向き合った。


「どうかしたのか? 小鳥遊クン」

「えっと……結局、彼らの……NPO法人の目的は何なんでしょうか?」


その点に関しては、小鳥遊クンが疑問を呈する以前から、気にはなっていた。

ゴリマッチョ部長は、暫し黙考してから、口を開く。


「額面通りに受け取るなら、虐待されている子供達の保護だろうな」

「それは、NPO法人としての理屈ですよね?」


それが単なる建て前である事は、鈍い小鳥遊クンでも判っている事だ。


末端のスタッフであれば、あるいはを、真実として行動していたかも知れないが、上層部の目的は、絶対に違うはず。


「NPO法人が、ガウス真理教の残党共の隠れ蓑って云うなら、解らなくもないのですけどね」

そう云って肩を竦める、小鳥遊クン。


その場合、彼らの行動理由は、『国家権力によって奪われた教団じぶんの子供達を取り戻せ!』だろうか?


うん。

動機としては、悪くはないが……


「養子縁組の件は、子供達の実母が強く望んでの事だ。ありえん」


小鳥遊クンが何とか捻り出した可能性の芽を、ゴリマッチョ部長は すぐさま否定する。


あの当時、『現代の魔女狩り』とも称されるほど、教団へのバッシングは苛烈を極めていた。


マスコミ、地域社会、親類縁者、その全てが敵へと回り、結果として教団は、バラバラに空中分解した。

その後、教団の後ろ盾を失った者達は、国に保護を求める。


養子縁組による戸籍のロンダリングは、そうした信者らに提供された、人権保護政策の1つであり、その選択は本人の自由意志に基づいていた。


「それにだ。仮にガウス真理教の残党共の仕業だったとしても、某国が それに協力する理由はゼロだ!」


そう。

その点が最も不可解な点である。


なぜ某国は、益にもならないNPO法人の活動に、資金や技術の提供を行っているのか?

謎ばかりが山積する。


前進指揮所A C Pより入電!≫

考え込む二人の元に、突如、ヘリのパイロットから報告が入った。


≪病院に搬送された子供達の中に、『アルカナ・ワンは居なかった』との事です≫


予想した通りの結果に、小鳥遊クン達は「やはり……」と息を飲む。

この分だと今頃、前進指揮所A C Pの中は、エンリの所在を求めて、大慌てとなっている事だろう。


「陸佐殿! 湾内を哨戒中の潜水艦より、くだんの貨客船から、小型船舶の接舷音と思われる音をキャッチしたとの報告が入りました」


前進指揮所A C Pからの報告とときを同じくして、同乗する精鋭部隊の隊長からも、重要な報告がもたらされる。


彼らが、周囲に張り巡らされた警戒の目を、どうやって潜り抜けたかは解らない。

しかし突入の前後に、アパートから河川を経由して、船で海に出たとすれば、今がまさにドンピシャのタイミングと云えた。


つまり、そこにエンリが搭乗している事は、ほぼ間違いの無い事実と見て良い。


「そうか……。もし仮に、その小型船舶にアルカナ・ワンが搭乗していた場合、最悪、某国との軍事衝突も視野に行動する必要がある。至急、前進指揮所A C Pに報告を」


ゴリマッチョ部長の言葉に、輸送ヘリ内部の空気が強張った。

搭乗している隊員達の脳裏に「戦争」と云う文字が躍る。


そんな重苦しい沈黙の中、小鳥遊クンが、ふと気付いた様に顔を上げた。


「チー・サンエラ・クォン……」

「ん?」

「チー・サンエラ・クォンですよ! 部長」


小鳥遊クンは「良く思い出してください」と、ゴリマッチョ部長に詰め寄る。

二人が前進指揮所A C Pを発つ前、外務省国際情報局より齎された、この単語に関する情報には、何とあったのか?


確か<<チー・サンエラ・クォン>>と云う単語は、某国内で急速に台頭してきているが、信者獲得の為のプロパガンダに使用する『この世の理想郷』を意味する造語である、と云っていなかっただろうか?


「おいおい、新興宗教団体って……ちょっと待て!」


小鳥遊クンが云わんとしている事を、すぐさま理解したゴリマッチョ部長は、自らの額を流れる冷たい汗を自覚せざるを得なかった。

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