第75話 反撃の狼煙 7

首都港湾内、海上


≪我ガ、航路上ニ、船影無シ。本船ハ、コレヨリ、母船ヘ、帰投スル≫


エンリの身元確認に手間取った その僅かな包囲の隙を突いて、現場アパート近くを流れる水路より、首都港湾内へと脱出した、一艘の船舶があった。


夜陰に紛れて航行する船影は、肉眼では殆ど確認できない。

船体の殆どを海水面より下に潜航させる事が可能な その船舶は、某国が他国へ工作員を送り込む目的で開発した、『半潜水艇』と呼ばれる特殊な船であった。


≪後部ハッチヲ、開放セヨ、コレヨリ接舷ス≫


船内に優男と19名の子供達を乗せた某国の半潜水艇は、ゆっくりと首都港湾内を南に向かって航行する。


目的地は、首都港湾内の錨泊海域に停泊する、某国所有の大型貨客船。

半潜水艇は、手慣れた動作で、その貨客船へと接舷した。


ガコン、ガコン、ガコン


貨客船の船体下部には、半潜水艇用の秘密格納庫と、発着用の後部ハッチが設けられていた。


熟練の船員によって、後部ハッチから危な気なく母船へと収容された半潜水艇は、直ぐに秘密格納庫の格納デッキに、その船体を固定される。


「やぁやぁやぁ、ご苦労だったねぇ」


水密ハッチが開き、昇降用のタラップが備え付けられると、軽薄そうな笑顔を浮かべた絶世の美丈夫が、自動小銃で武装した兵士達を両脇に従えて、「待ってたよん」とばかりに格納庫へと姿を現す。


「教祖さま! ご無沙汰しておりました!」


その美声を聞き付けて、搭乗していた半潜水艇から慌てて転がり出た優男は、美丈夫の前に床を舐めるが如くひざまずくと、彼の高級そうな革靴に何度も口づけをしながら、待ち焦がれた再開の喜びに、咽び泣く。


「うわぁ……キモいのじゃ」


その様子を半潜水艇の甲板上で眺めていたエンリは、あまりの光景に怖気おぞけを走らせ、身震いする。


美丈夫の革靴が、唾液でデロデロになるまで接吻し続ける優男の異常性も大概だが、それを軽薄な笑顔で平然と眺めていられる美丈夫の神経も、常人とは云い難かった。


「おや?」

不意に美丈夫の顔が、半潜水艇の甲板へと向く。


美丈夫の目線の先には、優男に連れてこられた総勢19名の子供達がいる。

その子供達には、ある1つの身体的特徴があった。

それは、誰もが非常に愛らしい顔立ちをした、女の子であると云う点。


どこかのクソ会頭の言葉を借りるなら、『一級品』ばかりであった。


「やぁ。君達が<<私の娘>>候補かい?」


軽薄そうな美丈夫の軽薄そうな視線が、エンリの視線と交わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る