第74話 反撃の狼煙 6

首都上空、ヘリコプター内


「どう云う事だと思う? 小鳥遊クン」

「絶対おかしいです。湾岸新興住宅地が、だなんて……」


喫茶店セーフハウスの屋上に設置されたヘリポートから、小型ヘリで現場へと急行していた小鳥遊クン達の元に、「突入成功」の第一報が届いたのは、離陸してから暫く経った後の事であった。


現場からもたらされた報告は3つ。

突入成功、子供達を無事確保、そして警官1名の負傷。


この何とも生温い戦果に、小鳥遊クン達は、即座に疑問を呈した。


「やはり被害規模が、小さ過ぎるか……」

「はい」


エンリを巻き込んでおいて、ここまで、すんなりと事が進むはずはない。

突入が成功した事自体を、異常と考えなければいけない。


「エンリが、何を考えているかは判りませんが、これだけは云えます」


エンリは今回、何らかの目的があって、わざと知らない おじさんに拉致された。

状況から見るに、それは ほぼ間違いの無い事実である。


なら彼女は、その目的が達せられるまでの間、一切の横槍……公的権力の介入を望みはしまい。


エンリが連れ込まれた地下駐車場に、警察官が突入を開始したのは、エンリが敵の拠点に到着してから、およそ1時間と40分 あとの事。


目的を持って何かを成そうとするには、いささか短過ぎる時間的猶予である。


「おそらくエンリは、わざと捕まってまで果たしたかった目的を、未だ達成してはいないはずです」


でなければ、突入した警察官達が、すんなりとNPO法人のスタッフを拘束し、囚われていた子供達を無事保護できるはずがない。


「まぁ、嬢ちゃんの事だ。どっちに転んでも戦闘行動ドンパチが無いって線は……無いわな」


ゴリマッチョ部長も、小鳥遊クンの意見に首肯しゅこうする。


エンリの目的が何であれ、警察官が突入して来た時点で、彼女はNPO法人スタッフか、警察官を相手に、戦闘行動を開始するはずである。


前者は、警察トンビに油揚げを掻っ攫われる前にNPO法人スタッフから『経験値』を搾り取る為……

後者は、目的達成に邪魔な闖入者けいさつを、力ずくで排除する為……


しかし今回は、そのどちらでも なかった。


それは詰まる所、現場には「エンリは居なかった」と云う事に、他ならない。

いや、そう考えなければ、明らかに不自然なのである。


「つまり、NPOよりも大物が、後ろに控えていると云う事か?」

「ええ、おそらくは……」


そう云いながら、小鳥遊クンは、戦術情報端末に表示された衛星写真を、つぶさに確認する。

突入した建物にエンリが居なかったとするなら、おそらく何処か別の場所に移ったと云う事だから……


「これは……」


小鳥遊クンの目がピタリと停まったのは、NPO法人のアジトと思われるアパートから、まっすぐ海上を突き進んだ先にある、首都港湾内の錨泊海域。


そこに停泊している一隻の大型船舶だった。


「此処は、どうでしょうか? 部長」

「某国所有の貨客船かぁ……」


ゴリマッチョ部長が、額に手を当てながら、大仰に天を仰いだ。


考えたくない可能性だが、小鳥遊クンの判断は極めて妥当だ。

突入したアパートの傍にある河川を使って、水路を進めば、目立たずにエンリを連れて、港湾内へと脱出する事も、おそらく可能だろう。


くだんのNPO法人の背後に、某国が何らかの形で関与しているのが確実な この情勢下において、彼らの最終目的地が、この貨客船である可能性は、非常に高かった。


このまま、現場に向かうか?

それとも、小鳥遊クンの勘に従うか?


「おい! 行き先変更だ。すぐに海上自衛隊幕僚監部に向かえ!」


おそらく前進指揮所A C Pは、エンリ不在の可能性に気付いていない。

ならば、アルカナ・ワン探索の指揮系統から外され、自由に動ける自分達が、最悪の可能性に備えるべきだ。


ゴリマッチョ部長が、やけくそ気味に指示を飛ばす。


「防衛庁に繋げ! 装備と人員を借りられるか交渉してみる!」


領海内とは云え、相手は外国船籍の船舶。

踏み込むにしても、根回し諸々含め、自分達だけでは、手に余る案件だった。


部長は躊躇いつつも、古巣の力を借りる事に決めた。

この際、手段を選んではいられない。


≪了解しました≫


そしてヘリコプターは一路、海上自衛隊自衛隊幕僚監部へと、その舵を切るのであった。

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