第73話 反撃の狼煙 5

前進指揮所A C P


「突入成功! 拉致された子供達と、NPO法人のスタッフの身柄を確保しました」

「おおっ!」


現場からもたらされた第一報に、喫茶店地下に設けられた前進指揮所A C Pからは、歓喜の声が沸き起こる。


それを受け、危機管理センターC M Cにて事態の推移を見守っていた上層部から、矢継ぎ早に下知が下った。


「直ちにアルカナ・ワンの身柄を確保しろ! 相手はニトログリセリンより厄介な存在だ。対応には、慎重に慎重を重ねろ!」


「都内で展開している交通封鎖と監視体制を、優先度の低いモノから順次解除していけ! 警戒レベルを引き下げる! これ以上の経済損失は看過できん」


「お言葉ですが……」

現場責任者を務める初老の男性は、それに静かに異を唱えた。


そもそも、小鳥遊クン以外の人物が、あの怪物をぎょする事は、不可能である。

アルカナ・ワン関しては、その所在確認のみに留め、身柄確保は、保護者の現着を待っては どうか?

また、あの怪物の所在を きちんと確認していない段階での警戒レベルの引き下げは、いささか早急ではないか?


それに対しての上層部の判断は変わらず、「こちらの指示に従え」の一言ひとことだった。

現場責任者を務める初老の男性は、己の無力を痛感する。


「……承知いたしました」


上層部が厚生省勢を本件に関与させないと決定した以上、その意向に従わざるを得ない。

上層部が警戒レベルを引き下げると決定した以上、その決定は履行しなければならない。


現場責任者として、懸念を伝えはするが、拒否はしない。

それが文民統制シビリアン・コントロールの原則であり、初老の男性の……元自衛官としての矜持だった。


「だが、保険は掛けさせてもらう」

初老の男性は、そう呟くと、すぐさま行動を開始した。


「実働部隊に随行させている前進指揮所A C P要員をアルカナ・ワンの確認と身柄確保に向かわせろ。併せて、都内各所には警戒レベルの引き下げを通達」


今回の件、現場で働く末端の実働部隊には、エンリの情報は一切 伝えられていない。

あくまで名目は、『未成年者略取と、都内での爆弾テロの容疑者確保の為の出動』と云う事になっている。


裏事情を知るのは、実働部隊に随行する前進指揮所A C Pから派遣された、要員のみに限定されていた。


これは、情報漏洩に関するリスクを、最小限度に抑える為に必要な、当然の措置では あったのだが、残念な事に その配慮が、ここに来て致命的な采配のミスに繋がる事となった。


「申し訳ございません!! 子供達がいません!!」

数分後、現場に派遣されていた前進指揮所A C Pの随行要員から、緊急連絡が入った。


彼らは、囚われていた子供達の中から、アルカナ・ワンを確保しようとしたものの、とき既に遅く、救出された子供達は、突入した警察官の迅速な対応によって、都内の病院へと搬送された後だった。


対応に当たった警察官の優秀さが、裏目に出た形である。


「直ぐに子供達が搬送された病院に向かえ! アルカナ・ワンの身柄確保……いや、確認が最優先だ!」


この失態により、随行要員が搬送先の病院に駆け付けるまでの間、彼ら立ち合いの元での、子供達の身元確認が遅れる事となる。


特に致命的だったのは、一度引き下げた警戒レベルを元に戻すまで、幾ばくかの間があった事だ。


これにより、都内に張り巡らされていた監視網の一部に、幾つか穴が開いた。


そして彼らは まだ知らない。

病院に搬送された子供達の中にアルカナ・ワンがいない事に。

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