第71話 反撃の狼煙 3


アパート地下駐車場


「あれ? どう云う事でふ?」

駐車場の暗がりに座り込んでいた子供達が、ぞろぞろと立ち上がると、異変に気付いた会頭が、怪訝けげんな声を上げた。


立ち上がった子供達の数は、総勢で12名。


「ちょっと。ほかの子供達は、何処にいるのでふか?」

会頭は、眉をひそめながら、近くにいるスタッフ達に向かって尋ねる。


「え!? 直ぐに確認します!」


会頭が疑問に思うのも当然だ。

このNPO法人が、今までに保護してきた子供達の数は、今日、連れてこられたエンリを除けば、全部で30名にものぼる。


だが、此処にいる子供達は、その半数にも足りていなかった。


「それに、此処にいるのは、どれもばかりじゃないでふかっ! 一体どーなってるでふ!?」


立ち上がった児童の顔を一人一人検分していた会頭が、困惑した声で叫んだ。


そうなのだ。

此処にいる子供達の中には、会頭が一級品と認定して選り分けていた、幼い少女達の姿が、一切 含まれていなかった。


「何処でふ? 何処に行ったでふ?!」


会頭お気に入りの少女達は、誰もが選りすぐりの美形揃い。

掌中の珠と慈しみ、着飾り、大切に秘蔵かんきんしてあった、大事な大事なコレクションである。


それが、根こそぎ姿を消していた。

「取り乱すな!」と云う方が、無理な話である。


「……会頭?」

「……どう云う事ですか?」


「ふぇ?」


ざわつく駐車場の雰囲気に当てられ、パニックに陥った会頭の意識は、強制的に現実に引き戻される。


辺りを見回すと、スタッフ達の冷たい視線が、会頭に容赦なく突き刺さった。


「あっ……その……これは……」


まるで子供達を物扱いする様な会頭の台詞。

それを耳にしたNPO法人のスタッフ達は、困惑と侮蔑の表情を浮かべながら、会頭の反応を窺っていた。


『まずい……非常に、まずい……』

ここに来て会頭は ようやく己の失態を自覚する。


ここに集まったスタッフ達は、真剣に世の児童虐待を憂いている、純度の高い同志達。

児童虐待をめさせる為とあれば、どの様な違法行為とて、平然と実行できる猛者達である。


「会頭? 二級品とは、一体どう云う事でしょうか?」


会頭は、我が身の危機を敏感に感じとり、思わず数歩、後ずさった。


彼らは、餓えたけものだ。

常に心の何処かで、児童虐待を渇望している。


子供を苦しめる非道な親を見つけ出し、己の正義を執行する機会を虎視眈々と狙う、血に飢えた狼の群れ。


そんな彼らに『餌』と『狩場』を提供し、その見返りに『活動資金』と『社会的評価』を得る事で、このNPO法人は存続している。


「違うでふ。これは……その……」


トドの詰まり、このNPO法人の実態は、そこいら辺のサービス業と何ら変わる事はない。


餓えたハンター達に、『児童虐待者 狩り』と云う『娯楽』を提供する事で成り立っている『商売』なのだ。


新シイ、獲物ヲ、見ツケタ……

次ノ、標的ハ、会頭……


俺ガ、狩ル。

私ガ、狩ル。

イヤ、僕ガ……


NPO法人のスッタフ達は、児童虐待を糾弾する事に至上の悦楽を感じ、この活動に、積極的に参加している。

それこそ、万金を惜しまない程度には、この活動に対し、のめり込んでいる。


そんな風に彼らを仕立て上げたのが、他ならぬ、此処にいる会頭なのだ。


彼の持つ『煽動アジテーション』と云う技法スキルは、群衆を一定方向の<<狂乱>>へといざなすべである。


煽動された群衆は、<<狂乱>>の名が指し示す通り、際限なく暴走を開始する。


扇動者が煽れば煽る程、手法や思想は過激化の一途を辿たどり、最終的には、煽動を始めた本人ですら、制御が利かない怪物へと成り果てる。


いかな会頭とて、油断すれば、いつでも彼らの『欲』を満たす為の『餌』に成り下がる危険性を含んでいる。


それが、『煽動アジテーション』の持つさがだと云えた。

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