第62話 籠の鳥 2

男の演説は続く。

彼の演説に聞き入るのは、エンリと優男と子供達を除いた、スタッフ一同。


流石は『煽動アジテーション』のスキル持ち。

見事な呷りで聴衆を熱狂の渦へと引き込んでいく。


彼独特の舌足らずな口調も、彼の演説を群衆に印象付ける『アクセント』として、その一助を担っていた。


陶酔した様な表情のスタッフを前に、NPO法人の会頭は、大仰な手振り身振りを交え、悪し様に目の前の子供達の両親を人非人と蔑み、糾弾する。


それに同調するスタッフ達。

子供達は膝を抱え、悔しそうに涙を飲んだ。


「パパとママは悪い人じゃない! 早く、おうちに帰して!」


それまで怯えた様にちぢこまっていた女児の一人が、槍玉に挙げられる両親への罵詈雑言に耐え切れず、矢も盾堪らず叫んだ。


熱に浮かされた様な周囲の空気が、女児の一言で、冷水を浴びせたかの様に鎮まりかえる。


「お嬢ちゃ~ぁん」

「ひぃっ!」


スタッフの小母ちゃんが、醜悪な笑みを浮かべながら、女児の肩をグッと掴んだ。

鈍い痛みに、か細い悲鳴を上げる、女の子。


「可哀相に……まだマインドコントロールが、解けていないのでございますね」


心底、女児を憐れむ態度で、小母ちゃんは優しく語りかける。

だが、それを端から眺める幼女には、その言葉の裏に隠された醜悪な優越感が見て取れた。


自分より不幸な境遇にいる人間を、上から目線で眺める悦楽。

恵まれない人間に、恵まれた己が施しを与える快感。

悪人と断定した人物を情け容赦なく糾弾する快楽。


弱者に対する憐憫の情や、世の中の不条理に対する正義感と云った感情で包み隠してはいるが、彼女は自分の独善的行動に、単に陶酔している、ただの小母ちゃんでしかなかった。


「良いでございますか? 養子縁組などと云う悪習によって生み出される虚像の家族なぞ、所詮は児童虐待の温床にしかならないのでございます。昨今は、独身税免除を狙って、税金対策で養子縁組を行う不逞の輩も増えているのでございます。我々は貴女達が不幸にならない様に、こうして一生懸命活動しているのですから、心から感謝すべきなのでございます」


長台詞を云い切って、鼻息も荒く「むふー」とドヤ顔を見せる、小母ちゃん。

しかし、目の前の女児には、彼女の語る小難しい理屈は伝わらなかった。

大好きな里親との親子関係を否定され、悲しみに暮れる女子児童。


そんな女児を見て、小母ちゃんは「まったく可愛げのないガキでございますこと」と、失望も露わに幼い子供を突き放す。


「まあまあ、大葉さん。今は理解できなくとも、いつか彼女達も理解してくれまふ。我々の崇高な理念と行動をネ!」


会頭は、パトロンに擦り寄るホスト顔負けの猫撫で声で、憤慨して肩を怒らせる小母ちゃんを、宥めにかかる。

小母ちゃんは、そんな会頭に対し、若干顔を赤らめながら「そうでございますわねぇ」と、心持ち弾んだ声音で答えた。


小鳥遊クンが この場にいれば、「乙女か!? 小母ちゃん」と突っ込まずには いられなかった事だろう。


このキモい会頭の何処に、それ程の魅力を感じる要素があるのか、まったくもって意味不明である。


「さぁ、皆さん。これから<<船>>へと乗り込みまふ。スタッフの云う事を良く聞いて、行動してくださいね……フヒョヒョヒョ」


会頭は、チョロい小母ちゃんを見事ピンクの空気に染め上げると、意気揚々と笑いながら、スタッフと子供達に向かって指示を出した。


そして、アパートの地下駐車場に集められたの子供達は、重い足取りでノロノロと、その場から立ち上がるのであった。

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