第60話 それは私と雀が云った。2

官僚達の反応から、嘲りにも似た、冷やかな空気を感じる総理大臣。


「総理。ここで我々が、アルカナ・ワンを失う事は、国家としての軍事的アドバンテージを失う事と同義であり、また、国家予算の数十倍にも匹敵する経済損失を被る事と同義であります」


現場責任者である初老の男性が、エンリを失う事で発生する損失の規模を、淡々と総理大臣に指摘する。


「!?」


出された損失予測の あまりの規模に、総理大臣は顔面蒼白で言葉を失う。


だが これでも、提示された数値は、常識の範囲内に留まるよう、極めて過少に報告されている方なのだ。


何故なら、現実味を失う程に大き過ぎる値は、返って危機意識の希薄化をもたらし、どこか他人事、絵空事の様な感覚で、状況を判断してしまう危険性があったからである。


初老の男性は、その事を大いに危惧していた。


「信じられん。たかが幼女1人に、そこまでの価値があるとは……」

「これは事実で ございます。総理」


秘書官より手渡された資料の束を捲りながら、力無く嘆息する総理大臣。

こうなると、国家元首としては、腹を括るしかなかった。


「夜明け前には決着を付けろ。それ以上はたん」

「はっ! 了解であります」


ぶっきらぼうに命令を下す総理大臣。


事は「やれる」「やれない」の問題ではない。「やる」しかないのだ。

それが判っているがゆえに、一切の反駁はんばくも無く、初老の男性は、総理大臣の命令を唯々諾々と受諾した。


同時に、国家元首 みずからが タイム・リミットを提示した事で、改めて現場に緊張が走る。


「まったく! こんな事になるなら、いっその事、鎖にでも繋いで、塀の中にでも閉じ込めておけば、良かったんだ!」


苛立つ総理大臣の口から、人権無視の暴言とも取れる言葉が零れた。

そして、官邸執務室に設置された高性能マイクは、その独白を明瞭に拾ってしまう。


前進指揮所A C Pに響く、総理大臣の独白……


「なっ!……モガッ」

それまで黙って事の推移を見守っていた小鳥遊クンが、激情に駆られて思わず総理に反論しかかるのを、ゴリマッチョ部長は、彼の口を手で強引に塞いで止めた。


「総理。それが不可能な事は、2年前の<<習志野の悲劇>>の件で、ご存知の事かと思いますが?」


怒れる小鳥遊クンの代わりに、淡々と口を開いたのは、現場責任者を務める初老の男性であった。

彼は、2年前に壊滅した旧第一空挺団で、陸将補の地位にまで上り詰めた経歴を持つ男。


「いや……それは……わかっておる……」


初老の男性のモニター越しの威圧に、総理大臣は、しどろもどろに なりながら、ゴホンと咳払いをすると、すぐさま話題を替えに走った。


当時の内閣府は、この件で防衛庁から相当の恨みを買っている。

これが鬼門とも云うべき話題である事を、代替わりした今の総理大臣は、すっかり失念していたのだ。


「官房長官!」

後ろに控えている官房長官が、総理大臣の元へと呼ばれた。


総理大臣は気乗りしない感情を、極力表に出さない様に注意しながら、有能と名高い官房長官に対して、今後の指示を出す。


「官房長官には、すまないが『内閣総辞職』の準備を。事の成否に関わらず、夜明け過ぎには、発表する事になるだろう。アルカナ・ワンの件を世間に公表できない以上、それでお茶を濁すしかあるまい……」

「承知いたしました」


総理の決断を受け、危機管理センターC M Cに詰めいている高級官僚達も、動きを慌ただしくし始める。


与えられたタイム・リミットは、残り6時間余り。

エンリを巡る総力戦が、今ここに始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る