第58話 誰が駒鳥を殺したか? 2


『ひょっとして、あの幼女に手を出した事が、そもそもの間違いだったのか?』


男は、思わず零れ出た自身の気弱な考えに対し、自虐的な笑みを浮かべる。

そうやって一度否定的に考え出すと、そこからは負の感情に歯止めが掛からない。


『ひょっとすると、暴走族を自然災害で壊滅させ、不良集団を交通事故に巻き込み、友人を失踪させたのも、彼女の仕業なのかも?』


いやいや、馬鹿馬鹿しい。

彼女は普通の幼女。

御伽噺に登場する魔女や悪魔ではないのだ。


『しっかりしろ!』

男は、激しくかぶりを振って、溢れ出る自らの弱気を諌めた。


そして男は、自らを鼓舞する様に、キッパリと断言する。

これは、国の秘密機関による工作活動であり、あの幼女を我々に奪われない様にする為の、卑劣な陰謀に違いないのだと。


そして男は、世の理不尽さを嘆き、悲しむ。

国は、いつも いつも、我々の崇高な目的の邪魔をする。

そして いつだって、男の理想を、あの御方の理想を、国家権力と云う暴力の壁によって阻んで来たのだと。


巫山戯るなっ!!


『だが、例え国家を敵に回そうと、我々に『撤退』の2文字は無い!』

男は、心の中で吠えた。


男の直感は、鋭敏に感じ取っているのだ。

エンリを取り巻く空気は、これまでの常識では測れない異質なモノであると。


『彼女には何かがある!』


男の直感が そう告げていた。

あの幼女こそが『当り』であるのだと。


だからこそ、国家権力が血眼になって隠匿し、警護している。

形振なりふり構わない偽装工作まで施して!


『でないと、説明が付かないではないか!』


興信所を大量動員しても掴めない、彼らの私生活。

秘密を探ろうとして、秘かに消された友人。

自然災害や多重事故など、ありえない理由で排除された工作員。

そして、彼らを常時監視しているかの様に、すぐさま駆けつける警察官。


異常、異常、異常。


『間違いない。彼女こそが<<ご落胤>>。我らが探し求めていた<<運命の巫女>>なのだ!』


男は身震いする。

国家の犬に囚われの身となった あの幼女様を、我々が救い出さねばならぬ。

なんと誉れ高い。

なんと神々しい聖戦なのか……


どうする?

どうすべきか?


『最悪、会頭の考え通り、多少強引にでも保護して<<船>>に乗せてしまえば……』

男の頭に、そんな危険な考えがぎった。


『いや、駄目だ。リスクが高すぎる』


男は首を振って、考えを改める。

この件、絶対に失敗は許されない。

とにかく判断は、会頭からの連絡待ちだ。


「まずは確実に、出来る事から進めていきましょう」


そもそも、可能性を論ずるなら、先に保護した18人・・・にも、それは等しくあるのだ。

自分勝手に判断をせず、まずは彼女達を<<あの御方>>に引き合わせる事だけ考えよう……


男は、そう決心して顔を上げた。


「<<船>>の入港日は どうなっていますか?」

「予定通り、明日の朝方です」

「<<積み荷>>の準備は整っていますか?」

「問題なく」


優秀なスタッフによる、打てば響く様な対応に、男は満足げに頷いた。


会頭の安否は気になるが、ともかく今は、入港間近な<<船>>への対応が優先される。

今夜の内には、集めた<<積み荷>>を倉庫から出して、港へと運搬しなければならない。

残された時間は少なかった。


「念の為、事務所には<<防犯装置>>を設置して行きます。皆さん、お忘れ物の無きよう、お願いしますね」


ジリリリリーン、ジリリリリーン

男とスタッフが慌ただしく作業を進める中、突如 電話のベルが、事務所内に鳴り響いた。


電話機のディスプレイに映し出された受信先は「公衆電話」。

スタッフへの指示を一時中断して、男は緊張した面持ちで、ガチャリと受話器を取った。


「もしも……」

『例の女の子を保護したでふぅぅ! 今 直ぐに迎えを寄越してくださいでふぅ!!』


男の言葉を遮って、慌てた会頭の声が、受話器より零れ落ちた。

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