第57話 誰が駒鳥を殺したか? 1

「会頭は どちらにおられますか?」


時計の針は、21時を幾分過ぎていた。

渋滞に巻き込まれ、予定より少し遅れて事務所へ到着した<<児童虐待から子供達を守る活動を推進するNPO法人>>に勤める男は、先に業務を開始していた事務職員の女性に、姿の見えない会頭の所在を尋ねた。


「それが……」

男の問い掛けに、云いにくそうに眼を逸らす事務職の女性。


「会頭は例の女の子を保護してくると、昨日から お出かけになられたままです」

「なんだって!?」


寝耳に水の報告に、男は思わず事務職の女性に詰め寄った。

会頭からは、計画の前倒しを行う等と云った話は、一切聞いてはいなかった。


「どう云う事ですか?」

男は状況に困惑しつつ尋ねる。


確かに今回は、いつもと違って、対象となる家庭の情報収集が思う様に進まず、計画が遅延していた事は事実である。

しかし、細々と得られた情報から、相手は どうやら裏で公権力と癒着している可能性が高い非常に危険な人物だと考えられた。

計画の進行は、慎重に 慎重を重ねなければならない案件だと、会頭には何度も説明していたはずだった。


「それが、<<船>>の入港日までには、少女の身柄を確保して置きたいからと……」

「馬鹿がっ!」


男は思わず毒づく。

その あまりの迫力に、事務職の女性は腰を抜かして座り込んでしまう。


「制裁が解除された以上、<<船>>など待っていれば また来るのだ。無理に今回の入港に間に合わせる必要なんて、何処にも無い。それより、下手に計画を前倒しして、もし失敗でもしたらどうするつもりなのだ!」

「なぁ~にを云っているのでございますか!」


そんな男の言葉に、近くで目ざとく話を聞いていたスタッフの小母ちゃんが、ヒステリックに反応した。


「次の<<船>>を待つだなんて、そんな悠長な態度が赦されるとでも思っているのでございますか? こうしている間にも、幼い子供達が理不尽な暴力に曝され、怯え暮らしているのでございますよ。そんな可哀相な子供達を、一刻も早く地獄の様な環境から救い出し、<<チー・サンエラ・クォン>>へと送り出したいと願う、会頭の素晴らしいお考えを、貴方は否定なさると云うのでございますか?」


悦な態度で長台詞を一気に云い切ったスタッフの小母ちゃんは、「むふー」と満足げな鼻息も露わに、憎たらしいドヤ顔を男に対して向けて見せた。


『この、正義に被れた粗忽物が!』


男は、スタッフの小母ちゃんの そのドヤ顔に、思いっきり唾を吐きかけて、舌打ちしたい気分に襲われる。


流石は、短絡的な思考で、考えも無しにターゲットに突撃を敢行し、危うく綿密に組み立てた計画を破綻させかけた小母ちゃんの言である。


この分だと、助けてもらった恩も、すっかり忘れている事だろう。


「今回の相手は、これまでとは違い、一筋縄ではいきません。ひょっとすると会頭は……」


座右の銘は『報・連・相』と日頃からのたまうふ会頭が、昨日から一切の連絡も無く行方不明。

正直、最悪を覚悟しなければならない。


陰鬱な表情で下を向く男。


「会頭……どうか無事でいてください」


男は、そう願わずにはいられない。

それ程までに、あの幼女に関わる今回の案件は危険なのだ。


自然災害。

謎の失踪。

集団交通事故。


そして、国家権力の影……


今回の計画では、こちらが苦労して集めたカードが、次々と意味不明な理由で失われている。

1つだけなら偶然で片付く事も、こうも重なると人為的な介入を疑いたくなる事態だ。


犠牲者の大半は、使い捨てのゴミ屑同然の奴等だから、実質こちらに損は無い。

しかし中には、男の大学時代の友人の様に、代替の利かない人材も含まれていた。


『公安の目をかわし、奴を仕込むのに、どれだけの手間が掛かったと思ってる!』


大切な駒が犠牲となった事で、男の危機意識は、いやが上にも高まっていた。

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