第55話 小悪魔の囁き 2

相も変わらず店内には、野太い嬌声が止む事を知らず響き渡っている。

気が散る事この上ない。


あ~もう、イライラする!


「なに、陸曹長は事情聴取のプロでな。浣腸一本あれば、どんな屈強な兵士もモノの数分で自白……」

「わぁーわぁーわぁー」


小鳥遊クンは、すぐさまエンリの耳を塞いで、部長の声を掻き消した。


まったく、今は未成年者エンリが同席しているのだ。

ちゃんと年齢制限等級レイティングを遵守して貰いたい。


それに知りたいのは、そんな事ではないわ!


「部長! ワザとやっていますねっ!」

「小鳥遊クン……。正直、俺も この件に振り回されて、もう3日連続で徹夜続きだ。いい加減、ストレスが限界でなぁ……」


あかん。

上司の理性が摩耗してはる……


ゴリマッチョ部長から滲み出る怒りのオーラが半端ない。

小鳥遊クンは、それまでとは打って変わって、絶望の表情を浮かべる事となる。


小鳥遊クンは、つい先ほどまで、睡眠不足と過剰なストレスがもたらす、精神への悪影響について、エンリからレクチャーを受けていたのだ。

なのに……


『何故、今まで気が付かなかった!?』


いかに高潔な人物であっても、環境さえ整えば、安易に短絡を起こして暴走するって事例が、すぐ目の前にあった。


「部長、落ち着いてください。とにかく冷静に、冷静に……ドゥドゥ」


思い返せば、アパート前で合流した時点で既に、ゴリマッチョ部長は武闘派然とした、不穏な空気を纏わり着かせていた。


自分達の事ばかりに気を取られていて、今に至るまで「部長が既にブチ切れている」その事実に、小鳥遊クンは思い至る事が出来なかった。


これは非常にヤバイ状況だ。

小鳥遊クンだって、心理的に余裕が無くて、かなり短気になっていた自覚がある。


部長の状態は、その何倍も悪い状況だと考えられた。


ここは何とか冷静さを取り戻して貰って、いつもの部長に戻って頂かないと、マジでヤバい……


落ち着け~落ち着け~


「ぱぱぁ、はやくお仕事かたづけて、おうちに帰ってきてねぇ」

「うぉぉぉぉ! パパはやるぞぉ!」

「エンリ!? ちょっとめてよ! 今そんな事されたら洒落にならないっ!!」


部長の理性に、エンリがとどめを刺した。


深刻な『娘ニウム欠乏症』に罹患したゴリマッチョ部長の精神は、クソ似ていないエンリのモノマネですら、過敏に反応を示す。


「何も心配するな、小鳥遊クン。俺は至って冷静だ、キリッ!」

「信用出来かねますっ!」


たがが外れ、一周回ってハイになった部長の、無駄に溌溂とした言葉を受けて、小鳥遊クンは、自分が今、ブレーキの壊れたダンプカーに乗った事を実感する。


だがゴリマッチョ部長は、そんな事お構いなしだ。


「で、嬢ちゃん。相手の索敵は終わったのか?」

「モチのロンなのじゃ。やはり、外でたむろっている有象無象の中に、傍観者を気取ってはおるが、1人だけ『煽動アジテーション』の技法スキル持ちがいるのじゃ。それに、しっかりと『魅了』の状態異常も付いとるのじゃ」

「えっ!? 何? エンリってば、いつの間に、そんな事……」


小鳥遊クンは絶句する。


『さっきから熱心に外を見詰めていた事は知っていたけど、まさかそんな事をしていたなんて……』


エンリの抜け目ない行動に、無能な養父は慌てるばかりである。

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