第54話 小悪魔の囁き 1

「ご注文の品をお持ちしましたぁ、陸佐殿。……ところで、入口で騒いでいる奴らの処分は手筈通りで宜しいでしょうか?」

「ああ、頼む。陸曹長には、手間を掛けさせて申し訳ないな」

「いえ、これが任務ですから……」


注文したパフェやら珈琲やらを受け取りながら、ゴリマッチョ部長は、二度、三度、マスターと短く言葉を交わす。


運んできた商品を渡し終えたマスターは、くるりと向きを変えると、今度は腰をクィクィとひねらせながら、内股歩きとは思えない速度で、入口で大声を張り上げるリーゼント頭へと向かって突撃して行った。


「お客さまぁ~。どうかぁ~なさいましたかぁ~」

「ぎゃっ! 化け物!」


リーゼント頭の正直過ぎる感想に、思わず首肯しそうになるのを何とかこらえつつ、小鳥遊クンは、部長の肩越しに、こっそりとマスターの様子を窺った。


「大変申し訳ございませ~ん。お客様の仰る通り、す~ぐにを処分致しますので、ど~ぞ、こちらのVIPルームで、暫くお待ちくださ~い」


グイグイとしなを作って迫ってくるマスターの迫力に押され、リーゼント頭の一行は、強制的に喫茶店の奥に設けられた、重厚な扉の中へと押し込まれる。


「ちょ……まっ……おっ」


リーゼント頭達の抵抗虚しく、バタンと勢い良く扉が閉まった。


ようやく静けさが戻った店内に、小鳥遊クンは ほっと安堵する。

これで ようやく、落ち着いて お茶が飲めると云うモノだ。


だが、周囲を包む しじまの安寧は、直ぐに別の喧騒によって砕かれた。


「アーーーッ! ……アッ」

突如として店内に、くぐもった野太い悲鳴が、分厚い扉を通して漏れ響く。


「ぶふぉ!」

小鳥遊クンは、今度は飲み掛けの珈琲を吹き零した。


「のぅ、小鳥遊クン……」

「ストップ! エンリ」


何かを云いかけたエンリの口を、ゲホゲホと咳き込みながら、強引に塞ぐ、小鳥遊クン。

小鳥遊クンにだって、想像したくない事、答えたくない事はあるのだ。


だから今は、問い掛けないで……


「ちょっと部長! 説明して下さい」

微妙な空気の中、涼しい顔で特大パフェを頬張る部長を睨み付け、小鳥遊クンは状況の説明を責任者に求めた。


『あんた、こんな野太い嬌声の響く中で、よくも平然と飯が食えるよなっ!』


小鳥遊クンは、思わず出そうになる上司への暴言を何とか飲み込みつつ、ゴリマッチョ部長の反応を待つ。


小鳥遊クンとて、先ほどから おかしいとは思っていたのだ。

どう考えても、この喫茶店は明らかに異常だと……


魔法工学の研究は、未だ第一級の国家機密事項である。

当然、水も漏らさぬ機密保持が徹底されている。


その最先端の研究成果……マナテクタイトなんてモノが、一般市場に出回っている筈がない。


それが、寂れた場末の喫茶店の窓ガラスに使われている?

一体、何の冗談なのだろうか?


それに店長。

どうみても現役バリバリの自衛官が、ノリノリで学祭のメイド喫茶やりましたって格好している時点で、何か色々と おかしい。

あからさまに「偽装しています」って不自然さしか、漂って来ない。


それにウェイター。

不良集団に店の回り囲まれているこの状況で、微笑みを絶やさず応対するって、どう見ても異常だろ?

どんだけ場馴れしてんだよ!

それに腰の後ろホルスターが、此方からはチラチラと見えてんだよ!

ちゃんと隠せよ!


つまり、常駐している人材、備わっている装備、そして立地。

どれを取って見ても、此処は小鳥遊クンの与り知らない、エンリ監視の為に設けられた、セーフハウスの1つと云う事だ。


『それを、どうして自分達に隠していた? 上層部は何を考えている?』


ゴリマッチョ部長は、殆ど涙目の小鳥遊クンを気まずそうに見やると、コトリと手に持っていたスプーンを机に置いた。

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