第52話 暗躍 1

「よう! よう!よう! どうなんだよう!」


店内で不良集団が、がなり立てる。

初老のウェイターは微笑みこそ絶やさず応対しているモノの、終始困った風に、彼らを宥めている状態だ。


「やはり……そうなのか?」

リーゼント頭の理不尽な行動を、つぶさに観察していたゴリマッチョ部長は、ふと何かに気付いた様子を見せると、ゆっくりと顎に手を当てて、黙考を始めた。


「部長?」

「……」


返事は無い。


「……部長?」

「…………小鳥遊クン。どうにも……早すぎるとは思わんかね?」


ようやく反応があったものの、主語も目的語も端折った、不親切極まりない部長の問い掛けに、小鳥遊クンは「どう答えたモノか?」と困窮する。


正直、ゴリマッチョ部長が今、何に対して疑問を感じているのかさえ、小鳥遊クンには理解できていないのだ。

その理解の追いついていない頭で、最適解を答えられる道理もなかった。


「えっと……どうなんでしょう? ……エンリぃぃぃ、ヘルプ」


真剣な部長の問い掛けに対して、「それって、どう云う意味ですか?」と、尋ね返すのもはばかられた、小鳥遊クン。


進退窮まった彼は、オロオロと、隣に座る養女(6歳)に助けを求めた。

情けない事この上ない……


「……相手の動きが矢継ぎ早過ぎると云う事じゃよ、小鳥遊クン」


それまで窓の外を熱心に見つめていたエンリは、小鳥遊クンの救援要請に反応し、視線を店内へと戻した。


そして、小鳥遊クンの困り顔を確認すると、溜息と共にではあるが、懇切丁寧に状況の説明を始めるのだった。



「先のポスターの件と落書きの件は、解り易く云えば、宣戦布告と云うヤツじゃよ」


あれは、小鳥遊クンの悪事を周囲に喧伝し、認知させる事を狙って行われた広報活動である。

声高に相手を非難し、自らの正義を主張する事で、自分達の行動に対する正当性を第三者に示すモノだ。


「対して、あっちはガチの殴り合い。第三者を巻き込んだ純然たる示威行動じゃ」

そう云ってエンリは、店の入り口で、未だ口汚く喚き散らすリーゼント頭を指差す。


彼らの目的は、小鳥遊クンの存在と第三者が被る不利益とを結び付ける事にある。


小鳥遊クンが来店していたから、窓ガラスが割られた。

小鳥遊クンが食事をしていたから、営業妨害を受けた。


何故?


小鳥遊クンが児童を虐待する様な社会の屑であり、そんな彼にサービスを提供し、あまつさえ施設の利用を赦す様な店は、彼と同様、等しく罰を受けなければ ならないから。


……であると。


「まぁ少々、 強引な理屈では あるのじゃがな」

そう云って、エンリは肩を竦めながら苦笑する。


確かに、一昔前のヤクザですら、もう少し凝った理屈を使うだろう。

だがシンプル過ぎる理屈は、それだけに分かり易かった。


何にせよ、そう云う理論を打ち立てて、彼らが小鳥遊クンの行く先々で問題行動を起こせば、最終的に近隣店舗、それに近隣住民は、こぞって小鳥遊クンの存在そのものを忌避する様になる。


「そんな馬鹿な話が!」

「あるな」

「あるのじゃ」


小鳥遊クンの感情的な反論は、二人によって瞬殺される。


確かに こう云う場合、非難され、忌避されるべきは、窓ガラスを割った実行犯であり、営業妨害を行った人物その者であろう。

少なくとも、小鳥遊クンには一切の責は無い。


しかし、「小鳥遊クンが悪である」と云う空気の中、それを排除するだけで、自身が被る実害が回避できるとなれば、どうだろうか?


理性的な思考をかなぐり捨て、周囲の悪評を免罪符に、ただ云われるまま、当人を社会的に拒むだけで、余計な波風を立てずに、平穏無事に過ごせるのだとしたら……


人々は常に楽な方を選択する。


「自分達に不利益をもたらす一部の人間を排除する為、そやつらが所属する民族や思想、宗教そのものを、自らのコミュニティから排除しようとする行為など、人としては、さして珍しい事ではないからのぅ」


つまり事は、異分子排斥運動と根幹は同じだと、エンリは云い切った。


移民問題、東西冷戦構造、宗教対立……

世界を見渡せば、同種の事例は、枚挙にいとまない。


誰かが云い出した『敵』の存在を、社会に上手く認知させられれば、集団の中から特定の派閥を排斥する事など、実は容易いのだ。


「いやいやいや。確かに理屈の上では、そうかも知れないけど、今のご時世、そんな村八分みたいな事が、実際には起こりるモノなの?」


小鳥遊クンは納得できずに反論する。


世の中、短絡的な人間ばかりではない。むしろ、理性的な人間の方が遥かに多いのだ。

冷静に考えれば「これ何か、おかしくない?」と、正しい結論を出せる人間ばかりである。


そして、現代社会の基調は、「いじめダメ。絶対」を是としている。


モラルを遵守し、安易な村八分に加担する人間がいなければ、彼らの計画は、どう頑張っても、破綻しか約束されていない。

それこそ「道徳教育、舐めんなよ!」である。


「そうじゃのぅ。が、周りの人間にあれば、或いは そうかも知れぬのぅ……」

「え!?」


ここでエンリは、意味深な台詞を持って、小鳥遊クンの疑問に答えた。

それは それは、むかつく程のドヤ顔で。

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