第50話 それぞれのオモワク
「社会の敵、はっけ~ん」
キャハハと下品な笑い声を上げながら、パンクな服装の一団が、喫茶店の窓ガラス越しに、エンリ達3人を視認したのは、わずか数分前の出来事だった。
そして今や、喫茶店周辺は お世辞にも真っ当とは云い難い不良集団によって、完全に埋め尽くされている。
「よ~し。今から子供を虐待する社会のダニに正義の制裁を加えるぞ。んじゃ、やれっ」
リーダー格と思われるリーゼント頭の一方的な宣言と共に、ドスの利いた怒号が辺りに響いた。
まずは集団の中から、釘バットを手にした少年達が、喫茶店の大きな窓ガラスへと、剣呑な雰囲気を漂わせて、やおら近づいて行く。
彼らは躊躇なくバットを振り上げると、手に持った極悪な凶器を、力の限りガラス窓へと叩きつけた。
バキャァァ
「「「ぐふぁ!」」」
少年達がバットを振りおろした瞬間、直後に飛来した何らかの物体によって、少年達は顔面を強打し、後方へと仰け反る様に、吹き飛ばされた。
「何だ!? どう云う事だ!?」
血飛沫を上げながら、綺麗な放物線を描いて、少年達が崩れ落ちる。
窓ガラスが割られる瞬間を、周囲でワクワクしながら見守っていた一団は、目の前で起こった現実が信じられず、戸惑いの声を上げた。
それも そのはずである。
バットをフルスイングで叩きつけた筈のガラス窓には、見る限り1つの傷も見当たらず、それとは逆に、叩きつけたバットの方は、根元からヘシ折れて、叩きつけた勢いそのままに、少年の顔目掛けて跳ね返って行ったのだ。
「お~、飛んだのぅ」
その様子を特等席で眺めていたエンリは、呑気な声と共に、しきりに感心した
「なっ、なっ、なっ!?」
可哀相なのは小鳥遊クンの方である。
ガラス越しにとは云え、
ちびらなかっただけでも表彰モノである。
「お~! 流石。マナテクタイトは頑丈だな」
「部長ぉ、これは?!」
腰を抜かした状態でゴリマッチョ部長に説明を求める、小鳥遊クン。
「ん? ああ、この喫茶店に使われているガラスな。マナライトを使って、透明化させた、厚さ2センチの酸化アルミニウムの塊なんだわ」
「……にはぁっ!? マナライトって何ですかっ? それに、透明な酸化アルミニウムって……それって世間一般じゃ、サファイヤって云いませんか?」
小鳥遊クンの指摘にゴリマッチョ部長はガハハッと笑う。
「魔法工学の成果の1つだな。嬢ちゃんに提供してもらったマナの結晶体を触媒にする事で、様々な特徴を持った金属が出来上がるんだわ、これが」
マナの結晶体を触媒として合成された合金類。
いわゆる魔法金属は、これまで数多くのサンプルが試作され、様々な性質を持つ合金が発見されている。
代表的なモノは、常温超伝導、単極磁石、生体金属、人工光合成触媒、流体金属……、そして分子構造の結晶化。
つまりは、宝石化である。
これによって、ガラス板を製造するのと大差ないコストと設備で、疑似的な
「問題なのは、
ゴリマッチョ部長は、そう云って、残念そうな顔をしつつ、肩を竦めて嘆息した。
そして、欧米人並みのオーバーリアクションで、技術的手詰まりを、しきりに強調するのだった。
だが小鳥遊クンは、部長の台詞の中に含まれていた「現時点では」と云う単語に、不穏な空気を感じて
それは詰まる所、魔法技術の解析が進めば、将来的には「エンリでなくとも、マナライトの生成が可能になる」と云う事を示唆していないか?
薄ら寒い汗を背中に感じる、小鳥遊クン。
大きな人造サファイヤが安価に量産できると云う事は、単に強固なガラス板が普及する等と云う話に留まらない。
事は光学兵器用のレンズ、つまりはレーザー兵器の量産化にも繋がってしまう話なのだ。
『大丈夫なんだろうか?』
エンリが
遅々として進んでいないとは云え、このまま技術解析が進めば、この国は全世界に混沌を撒き散らす、
小鳥遊クンの脳裏には、今更ながら、そんな思いが
カランカラン
「いらっしゃいませ~」
「おう! 邪魔するぜ!」
小鳥遊クンの そんな苦悩を余所に、外で
「くせぇ!! おい、酷い臭いだなぁ、よぉ」
集団の先頭を歩く、ド派手な出で立ちのリーゼント頭は、入店するや否や、鼻を摘まんで大声を張り上げた。
「お客さま、どうかされましたか?」
初老のウェイターが気配も感じさせず、不良集団の前にスッと現れると、リーゼント頭は店の奥を指差して、周囲に喧伝するかの様に声を張り上げた。
「店の奥からよぅ。生ゴミの臭いがしてくるんだよ。社会のゴミの臭いがよぉ」
リーゼント頭が指差す先は、案の定、小鳥遊クン達の席である。
「なぁなぁ、この店は子供を虐待して喜んでいる様な、社会のゴミと一緒に飲食しろって云うのかぁ? まっとうな店なら、ゴミはきちんと外に片付けて置くものだろう? なぁ?」
そう云ってリーゼント頭は、メンチを切りながら初老のウェイターに詰め寄った。
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