第49話 狙われた養女さま 2


「実は、うちの部署が過去に養子縁組を成立させた家庭を狙って、とあるNPO法人が秘かに暗躍している。目的は、我々が養子縁組した子供の身柄の確保だ」

「えぬ・ぴー・おー?」


聞き慣れない単語を耳にして、エンリは不思議そうな顔で、首をコテンと傾げた。


「ノン・プロフィット・オーガニゼーション。非営利団体の略称だよ、エンリ」

横から小鳥遊クンの説明が入るものの、今一つ理解できていない表情を見せるエンリ。


「簡単に云うと、対価を貰わずに社会奉仕する人達の集まりかな?」

「はっ」


小鳥遊クンの端的な説明に、エンリは盛大に鼻で笑った。


「なかなか面白い冗談なのじゃ。良いか? 無償の奉仕なんぞ、所詮は個人の道楽が関の山なのじゃ。残念じゃが、組織としてのていを成した時点で、それは どう頑張っても非営利とはならん」

エンリは、まるで見てきた事の様に断言する。


「清廉な聖者とて、群れを成した時点で俗世にまみれるモノなのじゃ。ましてや凡人共の集まりなら、理想が汚染さるのも、さぞ早かろうて」


雄弁に語るエンリの言葉には、何か言い得ぬ重みが ひしひしと感じられた。


「うむ。少なくとも今回、黒幕と目される奴らは、NPOの皮を被った『何か』でしかない。理念こそ「児童虐待から子供達を守る活動を推進する」などと云う高尚なモノを掲げているが、その実態は、裏で冤罪を仕立て上げて、強引に子供を掻っ攫う、ただの拉致集団に過ぎん」


息巻く そんな部長の台詞に対し、エンリは心底 呆れた様な口調で、言葉を投げかけた。


「そこまで分かっておるなら、さっさと圧殺してしまえば良かろうに。何故、悠長に放置しておるのじゃ?」

「……そりゃあ、証拠が無いからだよ、嬢ちゃん」


こっちも好きで放置している訳ではない。

部長としても現状には、忸怩たる思いを抱えているのだ。


捕獲したイケメンエリートを通して黒幕の正体を事前に掴み、準備万端、手薬煉てぐすね引いて待ち構えていたにも関わらず、事ここに至っても、背後にいると思われるNPO法人の尻尾は、影も形も捉えられてはいない。


あるのは状況証拠ばかりだ。

逆に相手は、此方こちらの手の届かない裏側で、悠々と何かを計画している。


「我々はイン・デュビオ・プロ・リオの原則に縛られている。残念だが、確たる証拠が無ければ、公権力は あけっぴろげには動く事が出来ない。嬢ちゃんみたく、時代劇の主人公の様には動けんのだよ」

「いんでゅびお?」


再び、可愛らしい仕草で、こてんっと首を傾げるエンリ。

それを遠くから眺めていた喫茶店のマスターは、可愛く両手を口に当てて、「きゃっ♪ ぷりてぃ。私も あんな子産みたいわぁ~」と、ほざいていやがる。

小鳥遊クンは、そんなマスターを努めて冷静に無視しながら、エンリの疑問に答えた。


インInデュビオdubioプロproリオreoは、刑事裁判における基本原則を示すラテン語だよ。意味は「疑わしきは被告人の利益に」。世間一般には「疑わしきは罰せず」って意訳の方が有名かな?」


小鳥遊クンの言葉に、エンリは「面倒な事じゃのぅ……」と、感想を漏らす。

そんな彼女に対して、ゴリマッチョ部長は淡々と、これまでの調査で判明した、事の概要を語り始めた。


平穏な家庭に突如として湧き上がる児童虐待の疑い。

急速に拡散する良くない噂。

心理的・物理的な嫌がらせの急増。

そこへ現れる『児童虐待から子供達を守る活動を推進するNPO法人』と云う団体。

彼らは、児童虐待の疑いが晴れるまで子供を保護すると宣言し、子供を連れ去って行く。

連れ去られた子供達の大半は、小鳥遊クン達の部署が過去に養子縁組した子女である事。

等々……


ただ、ガウス真理教に関する話題だけは、国家機密に抵触する事なので巧みに避け、部長は簡潔に話を締め括った。


「状況証拠だけ並べていけば、ざっと この様な事が、今年に入ってから何件も起こっている訳だ、嬢ちゃん」

「ふむ。確かに、まるで定石の様に、今の状況をなぞっておるのう……。ちなみに、その『えぬぴぃーおー』とやらが連れ去った子供達の中で、小鳥遊クン達の部署が関与したわらべは、いったい何人程いるのじゃ?」

「えっと……全部で30人中の30人かな?」


エンリは「いやはや、真っ黒じゃのぅ」と、滑稽に、臍で茶を沸かす様に笑う。


正直、疑いの眼差しを持って状況証拠を並べて行けば、このNPO法人が裏で糸を引いているのは確実だ。

あまりにタイミングの良い出来過ぎた展開に、この団体の関与が無かった等とは思えない。


ただ問題なのは、それを確実に立証できる証拠が、現時点では何1つも無い点にある。

精々タブロイド紙の一面を少し騒がせる程度の疑惑でしかないのだ。


相手は表向き、虐待の噂がある家庭から早期に児童を保護して周っている正義の団体であり、これまでに多くの実績があって、社会的にも評価が高く、政財界にも太いパイプを持っている。


迂闊には手を出せない存在なのだ。


「しかしじゃ。保護者も良く、そんな怪しげな団体に、ほいほいと子供を渡すものじゃな。おのが無実であるなら、徹底抗戦すれば良かろうに」


如何に虐待を否定しようとも、「児童虐待から子供達を守る活動を推進する」と標榜するNPO法人に子供を渡してしまった時点で、それは自ら罪を認める様なモノである。

エンリにしてみれば、それは悪手以外の何物でも無いと感じて当然の選択であろう。


「だからこそ、連中は こうして回りくどくをしている訳さ、嬢ちゃん」

そう云ってゴリマッチョ部長は、親指でクイッとエンリの視線を窓の外へと誘導する。


「ほぅ……」


部長に視線を促された先。

窓の外で、今まさに展開されている光景を見て、エンリの瞳が怪しく光った。


そこにはバットを振り上げ、獰猛な笑みを浮かべる凶悪な不良少年達が、窓越しに下卑た視線を、こちらに向かって投げかけている、正に その瞬間だった。

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