第48話 狙われた養女さま 1

カランカラン

小気味良い鈴の音が店内に響き渡る。


小鳥遊クンのアパートから程近い、閑静な住宅街の一角に居を構える喫茶店に、三人は足を踏み入れた。


「お久しぶりです! 陸佐殿!」


カウンターに佇んでいた50代前後と思われるマスターは、入店してきた客の顔を確認するやいな、飛び上がる様に立ち上がると、直立不動の姿勢を微動だにせず、ビッシッと音を立てて挙手敬礼を行った。


「おいおい陸曹長、俺の今の所属は厚生省だぞ」

苦笑しつつも答礼で反すゴリマッチョ部長。


「はっ! 自分も、今は喫茶店のマスターであります! どうぞ、こちらへ!」


禿頭グラサンに口髭と云う出で立ちの、筋肉ダルマな喫茶店のマスターは、堅苦しい口調を一切崩さず、ハキハキとした態度で部長を迎え入れた。


「どうぞ、お座りください! こちらは特別席となっております!」


厳つい顔の喫茶店のマスターは、一行を奥の窓際席へと案内すると、訓練された兵士の機敏な動きで、お冷とメ―ニューボードを机の上に置き、いそいそとカウンターの奥へと姿を消した。


その直後、扉の奥から自棄やけに甲高いマスターの猫撫で声が響き渡った。


「ちょっと貴方たちぃ~。陸佐殿がお見えになられたわよぉ~。くれぐれも粗相のないようにねぇ~」

「「「イエス、マム!」」」


「ぶふぉ!」

漏れ聞こえてきた、おネェなマスターとイケメンボイスの集団による唱和に、小鳥遊クンは飲みかけていたコップの水を盛大に吹き零した。


「もしもぉ、あたしの大切な お客様を満足させられない悪い子ちゃんがいればぁ~、あ・た・しがぁ~、貴方たちの大事なチェーリーを奪っちゃうからぁ~、覚悟なさ~い」

「「「ノー、マム!」」」


さして広くない店内に、おネェと悲痛な新兵の叫び声が木霊する中、ゴホゴホと派手に咳込む小鳥遊クンは、何とも云えない表情で、部長とエンリを交互に見やった。


だが、流石と云うべきか、二人はしたる動揺も見せず、淡々とメニューボードを物色しながら、何食わぬ顔で佇んでいる。

厳ついマスターの おネェ声が聞こえていなかった筈はないのだが、たいした胆力である。


「さて、それでは説明してもらおうかのう」


エンリはパタリとメニューボードを閉じると、いつの間にかそばで待機していた初老のウェイターに注文を出しつつ、ゴリマッチョ部長に先程の一件についての説明を求めた。


「うむ……」

説明を求められた部長は小さく頷くと、戸惑う様に少々間を置いてから、重々しく事態のあらましを喋り始める。


「実は此処のマスターは、先のPKO派遣時に、運悪く流れ弾に被弾してな。睾丸全摘の負傷を負ったのだ。それが元で恋人に別れを告げられ、傷心の彼は、彼女として新たなを歩む事を……」

「いやいやいや」


突如始まった部長の的外れな説明に、「そうじゃない。そうじゃないでしょ」と、小鳥遊クンは全力で止めに掛かった。


何が悲しゅうて自分たちは、喫茶店のマスターの身の上話を聞かされないとならないのか?

いや、「気にならないか?」って聞かれたら、そりゃあ気にはなるよ。

けど今、それは関係ないじゃん!

それに、年端もいかない幼女に聞かせるには、話の内容が重過ぎるぅ!


「部長ぉ! エンリが説明を求めているのは、此処のマスターの話ではなく、先程の黒幕の件についてですっ。」


小鳥遊クンは、悲痛な声で叫ぶ。

ゴリマッチョ部長は、悪びれた様子もなく「そうか。すまん、すまん」と笑いながら謝罪すると、ゴホンと咳払いをし、「では、改めて」と状況の説明を始めた。

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