第46話 落書きを考察しよう 2
「報告によると、最初の異変は一台のトラックだったそうだ」
アパートの玄関前に、宅配物集荷用の大型トラックが停車した事を、監視班が確認したのは、小鳥遊クンが出勤して暫くした後の事だった。
停車時間は、わずか数分程度。
監視カメラに映る運転手に不審な行動は無かった。
だが車が発進すると、死角となっていた玄関先には、数個の落書きが残されてあった。
「書かれていた文字は『ハンバート・ハンバート』と『光源氏』。それに『ニコライ……』なんたらと、『スワの父』の4つ」
監視班は首を傾げた。
この時点で監視班の中には、4つの単語に隠された意味を理解できる者はいなかったのだ。
そして、その後は怒涛の展開となる。
ガラの悪い連中が大量に現れては、次々にアパートの玄関先に、落書きをしては立ち去って行ったのだ。
それも引っ切り無しに……
監視班は その都度、警護班に連絡して、落書き犯の身柄を確保していった。
しかし落書き犯の数があまりに多く、警備の手が足りず、合間を狙われて、落書きは増える一方となった。
しかも落書きは、此処だけではないと云う。
小鳥遊クンが頻繁に利用する店舗や施設が、すべからく この暴力的な落書きの犠牲となっていた。
「今日だけで
それは何と云うか、お疲れ様としか云えない状況である。
そして、彼らの徒労は重なる。
「で、そいつらも結局、単なる捨て駒だったってオチだ」
逮捕した落書き犯らに事情聴取を試みるも、結局、誰もが『誰かに唆された第三者』でしかなく、誰一人として実行を指揮した黒幕へと繋がる有力な手がかりを持っては いなかったのだ。
「我々が苦労して得られたのは、『額に黒子のある男』が、彼らを唆した犯人であると云う事だけだ」
「なるほど」と、部長の説明を聞いた小鳥遊クンは、改めて落書きに目をやった。
よく見ると、『スワの父ちゃん、でーべそ』の落書きも『ちゃん、でーべそ』だけ、微妙に字体が違っている。
同様に『おたんこな~す』や『捥げろ!』『死ね!』も、後から付け足された文言である事が、ぼんやりと判別できた。
つまり、この落書きを唆した人間は、不特定多数の人間に声を掛け、たった4つの単語を密かに此処に書き込むだけで、これだけの事を成し遂げたと云う事なのだ。
「部長。これは<<割れ窓理論>>を利用した、
「おそらくはな」
こうやって事件の概要を流し聞きするだけでも、落書きを教唆した犯人の小狡さが滲み出ている。
部長が渋い顔をする筈だ。
「小鳥遊クン。<<割れ窓理論>>とは何じゃ?」
そんな重苦しい雰囲気をぶち破って、エンリの好奇心が炸裂した。
安定したマイペースぶりに、二人は苦笑するしかない。
「えっと……建物の窓が一枚割れたとして、それを管理人が修理もせずに、ずっと放置していると、あそこの建物なら窓を割っても大丈夫って雰囲気が蔓延して、最終的には他の窓も全て壊されるって考え方かな?」
さらに云うなら、窓が割れて外観がボロボロの建物が放置されると、その建物がある区画の治安が悪化し、軽犯罪が多発する。それをも放置すると、最終的には凶悪犯罪が横行する犯罪多発地帯となると云う考え方である。
「つまり、最初に書かれた4つの落書きが呼び水となって、後続の者達が、こぞって落書きをしても良い雰囲気を作り出したと云う訳じゃな」
「そうだね。何をするにしても、最初の一歩を踏み出す事が一番大変だからね。そして
黒幕は極力手を汚さず、この時点では単なる落書きだったモノを、本来意図する誹謗中傷の落書きとする為、後続の人間を上手く利用した。
それを成す為に、人員を大量に動員した方法が、
「原理は ごく単純なんだよ、エンリ」
このアパートには『社会的に批難されて当然の人物』が居住している。
だから、彼を追い出す為に協力して欲しい。我々は『正義の代行者』を探している。
さぁ、正義を実行しよう!
「群衆に明確な『敵』を示し、次に『目的とする行動』を伝える。そして彼らに『免罪符』を与えれば、後は立派な暴徒の出来上がりと云う訳だ」
部長は忌々しげに吐き捨てた。
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