第44話 世間の目に抗おう 3
『やヴぁい……』
エンリの怒りの琴線に、『何か』が触れた様だった。
「小鳥遊クン。ちょっと、この連絡先に電話してみるのじゃ。そうそう。相手から、ちゃんと住所と名前を聞き出す事を忘れんようにのぅ」
ポスターに書かれた連絡先を指差しつつ、身も凍るほどの微笑みと共に、心胆寒からしめる声音が響く。
「ちょっと、エンリさ~ん?」
「ちょうど
後悔は「死ぬほど」ではなく「死ぬまで」と云い切る、エンリ。
彼女の本気度が窺える発言である。
『のぉぉぉ!? 良くわからないけど、ひじょーに激怒していらっしゃるぅぅ』
一見するだけでは このポスターに、エンリを侮辱する様な要素は1つも見当たらない。
徹頭徹尾、非難されているのも、周囲からの白い眼で見られるのも、小鳥遊クンだけの筈なのに、何故?
「まったく。小鳥遊クン如きに虐待を受けているとは、侮蔑も良い所なのじゃ!」
「あ、うん。すいません……」
「ほんに『赤子に手を捻られる』とは、まさにコノの事なのじゃ!」
ぷりぷり怒りながら、『飼い犬に手を噛まれる』と『赤子の手を捻る』が微妙に混ざった、珍妙な諺を繰り出すエンリ。
だが、云いたい事は何となく解る。
『見ず知らずの人間から、己が弱者と勘違いされ、あまつさえ周囲から憐憫の情を向けられるのが、我慢ならないのですよね』
絶対的強者たるエンリが、民衆から憐れまれる。
しかもそれが、弱者たる小鳥遊クンに一方的に苛められていると云う、事実無根、荒唐無稽の噂によって。
それはエンリの矜持を大きく損なうモノなのであろう。
『けど、舐められたら御仕舞いって考え方は、ヤクザ屋さんの考え方のソレだよなぁ……』
小鳥遊クンは、決して口に出せない感想を抱きながら、なんとかエンリの説得を試みる。
「とにかく、落ち着こう! かな?」
今は例のNPO法人の事もある。
エンリの魔法が露見する可能性は、極力抑え無なければならない時期だ。
ここは自重して貰わなければ、とても困った事になる。
主に、小鳥遊クンの役所での立場が……
小鳥遊クンは、ひとまずポスターに書かれた電話番号と住所をメモ帳に控えて、「必ず誤解を解くから!」とエンリに固く約束する。
それが実際に出来るか どうかは、二の次だ。
ポスターに書かれた連絡先の住所は、私書箱になっているし、電話番号に至ってはフリーダイヤル。
ハナから偽装する気、満々って感じが
ここから相手の元に辿り着くのは、
しかし悲しいかな。例え無理でも約束せずには収まらないのが、今の情勢だ。
すぐさま報復を敢行しそうなエンリを宥め
「はぁ……誰か知らないけど、命知らずも大概にして欲しいよ」
あのポスターを掲示した何者かは、よもや自らの行いによって、己が生命の危機に直面するとは、欠片も思っていない事だろう。
精々、小鳥遊クンが怒鳴り込んで来る事くらいが関の山と考えているはずだ。
ゆえに最初から、のらりくらりと批判を躱す算段は、付けている感じを受ける。
それを見越していなければ、あんなポスターは作らない。
写真ではなく似顔絵を使っている所とか、文言の書き方とかを見ても、「法的に問題ない」事を、殊更意識した作りである事は、まるわかりだった。
「けど そんな小細工、理不尽な力の前には、何ら意味をなさないんだよね……」
そうだ。
法やモラルの庇護を前提に相手を挑発する輩は、往々にしてソレが薄氷の上の行為だって事を忘れている。
相手の報復を『無いもの』として扱えるからこそ、幾らでも居丈高に振舞える。
自己の正義を主張し、合法性を強調さえしていれば、相手をどれほど不快にさせようとも、国が法が守ってくれるから、絶対に報復されないなどと、どうして そう思った?
この世には、国家権力の束縛を受け付けない稀有な存在も、少なからず存在する。
そう、例えば目の前の幼女の様に……
「さっきから何をブツブツと云っておるのじゃ? キモいのう」
やばい。
無意識に、考えが呟きとなって漏れていた。
怪訝な表情のエンリを前に、動機が早まるのを感じる小鳥遊クン。
「エンリ! さぁ、帰って食事にしよう! 今すぐに!」
「うぉ……」
それを何とか誤魔化そうと、小鳥遊クンはエンリの腕を強引に引っ張って家路を急ぐ。
この先の角を曲がれば、小鳥遊クンの自宅のあるアパートは直ぐ其処である。
『今日は早めに ご飯にして、さっさと寝てしまおう』
だが小鳥遊クンは、エンリの事に気を取られ過ぎたあまり、現在、自分が理不尽な誹謗中傷の的となっている事を、すっかり忘れてしまっていた。
ゆえに警戒を怠る。
ポスターを近所のスーパーに掲示されたと云う事は、すなわち相手は、小鳥遊クンの行動範囲を熟知していると云う事に他ならない。
当然そうなると、小鳥遊クンの自宅の所在地は、既に割り出されていると見るべきだった。
「うぉぉ、なんじゃこりゃ!」
自宅のアパートを目の前にして、小鳥遊クンは思わず声を上げる。
そこには、いつもの見慣れた景色は微塵もなく、あからさまに非日常的な景色が広がっていたのだった。
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