第43話 世間の目に抗おう 2

いつものスーパー。

いつもの買い物風景。


だけど、妙に周囲の空気が冷たく、重たい感じがする。


いや、具体的にコレと云う違和感がある訳ではない。

ただ時折、チラチラと妙な視線を感じるのだ。


「これは忌避感と云うヤツじゃのう」

それは、エンリにとっては、嗅ぎ慣れた空気であった。


得体の知れないモノ。

化け物。


好奇心と嫌悪感が入り混じった感情で、無遠慮に、撫でまわす様に伺う周囲の目。

今、小鳥遊クンが感じているのは、この不特定多数から発せられる、淀んだ感情の波である。


まったく、気持ち悪い事この上ない。


「どう云う事?」

小鳥遊クンはエンリに訊ねた。


「なんの事はない。周囲のみなが警戒しておるのじゃ。小鳥遊クンをな」

「えっ!?」


小鳥遊クンは、エンリの指摘に、慌てて周りの買い物客に目を向ける。


すると、視界に捉えた人々は、それまで此方を伺う様に見ていた事を隠す様に、慌てて目線を逸らすと、波が引く様に逃げ出した。


「これは、どう……云う……事?」

訳が解からず茫然とする小鳥遊クン。


「うむ。どうやらアレが原因の様じゃのぅ」

エンリは そう云って、スーパーの『掲示板コーナー』を指差す。


広告や告知ポスターに交じって貼られた、その中の一枚。

『この顔みたら110番』のすぐ隣。

警察署発行の手配書に、書式を限りなく似せて作られた一枚のポスターには、小鳥遊クンの似顔絵が、そりゃあもう、でかでかと描かれていた。


「なんじゃこりゃあ!」

「ふむふむ。この者、女子児童に対し、日常的に虐待を行っている疑いあり。情報求む。有力情報には、報奨金が支給されます。とな」


そして、ポスターには、その他にも様々な附帯情報が書き連ねてあった。

曰く


「一切の玩具も買い与えず……」

「玩具よりは、美食なのじゃ」


「学校にも通わせず……」

幼稚園児わっぱ共とくつわを並べて お遊戯など、しとうないわ」


「泥まみれの根っこを頻繁に食べさせ……」

牛蒡ごぼうは大好物なのじゃ」


「臀部には虐待の跡と思われる青あざが……」

「蒙古斑じゃな」


いやはや、中々に悪意満載。

書き手の厭らしい性格が随所に滲み出た文章が躍る。


そして その性格の悪さは、具体的な<<写真>>ではなく、敢えて抽象的な<<絵>>を使っている点からも窺い知る事が出来た。


ポスターに使われているのは、本人の特徴を非常に良く捉えた、小鳥遊クン そっくりに描かれた、あくまで


これが意図する所は、相手から抗議クレームが来た場合に、その追及を躱す事を前提で作られていると云う事。


もし仮に小鳥遊クンが、このポスターの作成者を探し出して、撤去を訴えたとしても、「確かに貴方に良く似てはいますが、我々が探しているのは、貴方ではありません」と云って、のらりくらりと逃げる気なのだ。


ポスターは物語る。


似顔絵の人物を犯罪者とは断定せず、あくまで『その疑いのある者』として、大衆に情報提供を求めるり口。

女子児童と云う単語を前面に据え置く事で、数ある虐待の中でも、性的虐待をイメージさせようとする文章構成。

公的な手配書に似せた書式と掲示する場所。


それらを鑑みるに……


「どうやら小児性犯罪者ペドフィリアとして、近隣住民の疑惑の目を小鳥遊クンに向けさせる事が目的の様じゃのう」


底冷えする笑みを湛え、心の底から喜悦の籠った呟きを漏らす、エンリ。

そこからは、獲物を発見した時に発する猛禽類の気配が漂っていた。

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