第41話 NPOを疑おう 2

「そうですね。いわれれ無き迫害から逃れる為とは云え、大切な肉親と別れ、まったく別の人間として、新たな人生を歩むだなんて事は、これ以上、無いに越した事はありませんから」

「そうだな……」


怪しげな教義によって、犯罪者を大量に生み出したガウス真理教は、その後、社会的制裁の対象として、様々な迫害を受ける事となる。


加熱するバッシング報道と共に、徐々に苛烈化していく、民衆による<<私刑>>の横行。

その対象は拡大を続け、ついには信者の配偶者や教団関係者を親に持つ子供達にまで、その被害が及ぶ様になった。


この事態を重く受け止めた政府は、対応を厚生省に一任。


政府の命令めいを受けた小鳥遊クン達は、過剰とも云える社会的制裁から、罪の無い教団関係者の子女を保護し、養子縁組と云う手段を使って、せっせと社会復帰の為の道筋を模索する事となったのだ。


エンリとの養子縁組の話が出た際、養子縁組届やら守秘義務契約書なんてレアな書類を、小鳥遊クンが妙に見慣れていたのは、この所為せいである。


だが、そう云う裏業務を行ってきたがゆえに、当然 ガウス真理教と云う教団の実態についても、世間が知る以上の情報を、彼らは知っていた。


ゴリマッチョ部長が、教団の実態について、妙に事情通であった所以ゆえんとも云える。


「では、ガウス真理教の再来と思わしき団体が、エンリを探っている。これは、某国にエンリの魔法技術が露見した、と云う事なのでしょうか?」


部長と同じく、教団の実態が他国の諜報組織だった、と云う裏事情を知る小鳥遊クンとしては、当然の行きつく懸念であった。


「いや、その可能性は低いと、私は見ている」


不安気な面持ちの小鳥遊クンに対し、ゴリマッチョ部長は、慎重に言葉を選んで発言する。


「奴らの狙いは、おそらく教団関係者の子供達だ。その証拠として、こちらが過去に養子縁組した何人かの子供達が、このNPO法人によって、今現在 されている事を確認している」

「保護?……ですか?」

「ああ……」


ゴリマッチョ部長は、小鳥遊クンの問い掛けに、渋い顔をしつつ言葉を続けた。


「里親から虐待を受けていた……と云う名目でな」

「そんな!」


思わず「あり得ない!」と、叫んで詰め寄った小鳥遊クンを、部長は目力めぢからで制す。

まぁ、落ち着けと……


当時、養子縁組を行う際の里親の選定には、関係する職員全員が、最大限の神経を尖らせて当たっていた。

あり得ないと云う思いは、小鳥遊クン以上に、部長が抱えているのだ。


「でも何故、今頃になって そんな事を……?」

「わからん。奴らにしてみれば、不当な扱いを受けている身内を保護しているつもりなのかも知れないが、問題なのは、そのターゲットの中に、教団と全く関係のない、お前んとこの嬢ちゃんが含まれている、と云う事だ」


部長によると、奴らの狙いは、エンリの魔法ではなく、教団関係者の子供だと云う。

それ以外は見向きもしていないらしい。


だが、エンリと教団は、まったくの無関係で、何処を探しても接点は無い。

唯一あるとすれば、子供達もエンリも『この部署を通して養子縁組された』と云う一事のみ。


「まさか!」

小鳥遊クンの頭の中で、1つの仮説が浮かび上がる。


そう。

彼らはミスリードしているのだ。


他の教団関係者の子供と同じく、養子縁組と云う手段を使い、この部署を通して小鳥遊クンの養女となったエンリを、あのNPO法人の連中は、教団関係者の子供だと錯覚している。


そう考えると辻褄は合う。


「どうする御積りですか?」

小鳥遊クンは、部長に問い掛ける。


それに対して、ゴリマッチョ部長の答えは、淡々としたものだった。


「現状は放置だな」

「なっ!?」

「まぁ、聞け!」


この団体と某国との繋がりも、虐待に関する真偽の程も、現時点では、まだまだ捜査中の案件なのだ。

とてもじゃないが、公的な権力を介入させるに足る根拠が揃っているとは云えない状況である。


そんな中、唯一 確かなのは、『エンリの秘密を他国に知られてはいけない』と云う一事だけ。

ここで下手に過剰反応して、「エンリに何かある」と思われてしまうのだけは、絶対に避けなければならない。


「わかるな? 小鳥遊クン」

「……はい」


今やれる事は何もない。

捜査の進捗状況を見守るしかないのである。


小鳥遊クンは、そう自分を納得させた。


「それに……」

ボソリと部長が呟く。


「この部署が行っている戸籍ロンダリングの件は、政府の機密事業だ。予算だって官房機密費から支出されている」


それは、決して表沙汰にならない政府の裏事業。

その機密情報たる養子縁組先のリストを、何故一介のNPO法人が知る事が出来たのか?

疑問は尽きない。


「それは、外部に情報を漏らした内通者がいると云う事ですか?」

「さてな……」


ゴリマッチョ部長は そう云って肩を竦めると、空の珈琲カップを片手に持って、給湯室へと向かうのだった。

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