第40話 NPOを疑おう 1


登庁した小鳥遊クンを待ち受けていたのは、目の下に酷いクマを浮かべたゴリマッチョ部長だった。

ここ数日の激務を物語る有様ありさまに、周囲の職員は かける言葉を見つけられずにいる。


エンリに関わる案件は、どれもこれもが、第一級の機密事項である為、情報漏洩を防ぐためにも、一人で仕事を抱え込む羽目になりがちなのだ。


普段であれば小鳥遊クンこそが、書類の山を前に「ひぃーひぃー」云う立場なのだが、今回ばかりは、部長が その損な役回りを押し付けられていた。


「……面倒な事になった」

ゴリマッチョ部長が重々しく口を開く。


「今朝、小鳥遊クンに接触してきた奴らだが、その後の足取りが消えた」

「はいぃ?」


音耳に水の発言に、思わず驚きの声を上げる小鳥遊クン。


「今朝の奴ら」とは、あの妙な小母ちゃん達の事であろうか?

「足取りが消えた」って事は、あの後、尾行してたって事ですか?

って云うか、 あの人たち、ひょっとして危険人物だったの!?


首を捻る小鳥遊クンの目の前で、机がバン!と叩かれる。


「逃走に使われた車は出所不明。追跡は失敗。搭乗者の正体は掴めずじまいだ!」


部長は語気を強めて語る。

そしてバインドされた報告書を、ずいっと小鳥遊クンへと差し出した。


「読め!」と云う事なのだろう。

手渡された報告書を受け取ると、それを手早く読み上げる小鳥遊クン。


「児童虐待から子供達を守る活動を推進するNPO法人?」

報告書の一枚目には、とある組織の概要が、事細かく記載されていた。


「これは?」

「ここ最近、嬢ちゃんの周りを彷徨うろついている妙な連中だな」


それは、先頃 拘束したイケメンエリートのおかげで、ようやく掴んだ黒幕の尻尾だった。

彼の証言によると、小鳥遊家を探るよう依頼したのは、このNPO法人に勤める大学時代の友人であるとの事だ。


この証言を引き出す為に、小鳥遊クンのパンツは大いに役立ったとだけ追記しておこう。


そして今朝の連中も、おそらく このNPO法人の関係者であると、ゴリマッチョ部長は睨んでいた。

こちらの追跡を振り切り、その正体を隠し通した事で、部長は その確信を強める。


ずぶの素人がプロの尾行を撒くなんて事は、本来あり得ないのだ。

それなりの技術を持ち合わせていない限りは……


なら、その知識は 何処からもたらされた?


「今、公安を使って、この団体を徹底的に洗わせている。まだ確証こそ掴めていないが、幾つかのダミー会社を通じて、この団体にから、資金とノウハウの提供が行われている可能性が高いそうだ」

「それって……」


小鳥遊クンは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


『アジアの某国』

政府関係者が使用する この隠語が示す国は、今の所1つしか存在しない。


悪質な仮想敵国である その国が、これまで この国に対して、裏で一体 何をして来たのか、その所業を小鳥遊クン達は、嫌となるほど骨身に染みて理解していた。


そして、その国が過去に行った工作活動の、その最たるモノと云えば……


「ああ、NPO法人と宗教団体と云う違いはあるが、これは正に、ガウス真理教の再来と見るべき事案だな」

「!!」


小鳥遊クンの顔が、瞬時にして蒼く染まる。

ガウス真理教の名は、この部署に所属する人間にとって、それほど特別な意味を持つと云う事なのだ。


「それは……また、罪もない女性や子供達が、社会の悪意の犠牲になる可能性がある、と云う事でしょうか?」

「いいや。今度は、そうなる前に手を打つ。いや、打たねばならない」


部長の決意が重く響き渡る。


ゴリマッチョ部長が率いる この部署は、厚生省の中でも、いわゆる出産と育児に関わる部署として知られている。

しかし それとは別に、この部署には、世間には知られざる、とある役割が課せられていた。


それは、社会的な迫害を受けている、訳ありの女性や子供達を保護し、養子縁組を使った戸籍ロンダリングを通して社会へ復帰させると云う、政府の極秘事業の1つ。


教団崩壊後の社会情勢から新たに創設された、『社会的な悪意から女性と子供を恒久的に守る為の保護プログラム』の遂行である

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