第38話 小母ちゃんに怒られよう 2

小鳥遊クンは何時いつだって、他人に迷惑を掛けない事を第一とする。


知らない小母ちゃんに、謂れの無い罪で一方的に糾弾される理不尽さを嘆くより、それに付き合わされる可哀相な警察の方を心配してしまう。

そして自分の事など、二の次、三の次。まったく困った事に……


とは云え、小鳥遊クンの云う事も、尤もな話では あるのだ。

本気で警察を呼びたいのであれば、先ほどの通報ほど不適切なモノは無い。


いくら公僕とは云え、場所も告げずに「すぐに来い」とは、なんとも無茶な要求ではないだろうか。


「これは、つまり<<脅し>>と云う事なのじゃろうな……」

エンリは呟く。


「警察を呼ぶ」「弁護士に相談する」

これらは、自己の優位性を強調する為に、良く利用される脅しである。


自分が正しく、相手が間違っていると云うイメージを強烈に印象付けて、心理的な優位性を確保しようとする、浅ましい心の動きと云っても良い。


だが実際、こう云うケースで本当に警察を呼ばれたり、弁護士に相談されたりするケースは稀である。

なぜなら、弁護士には、決して安くない相談料が必要であり、警察には、面倒くさい事後説明が必要だからだ。


脅しを掛ける側が望んでいるのは、他人の権威を借りて、安易に自己の優位性を確保する事であり、みずからが手間や金銭を掛ける事を良しとはしていない。


「ふむ。一人芝居と考えるなら、かなり滑稽じゃのう」


つまり、あの小母ちゃん。

掛けてもいない携帯電話に向かって、一人で喋くっていた可能性が高い訳である。


しかも、動作が洗練されている所を見るに、かなりの頻度で同様の事を行っていたきらいがある。

そう考えると、何だか悲しい人に思えて来る。


「そーやって話題を逸らそうとするのは、止めてもらいたのでございます」

「えっ、いや、でも……」


エンリが、こっそり憐みの目を向けている事になど、気づきもせず、元気な小母ちゃんは居丈高に小鳥遊クンを口撃こうげきし続けていた。


とは云え、「警察を呼ぶなら、ちゃんと掛け直した方が良いですよ」と云う小鳥遊クンに対して、「話題を逸らすな、この外道め!」の一点張りでは、会話らしい会話が成立しているとは云えないのだが……


「小鳥遊クン、安心するのじゃ。携帯電話には、位置情報を送信する機能があってのう。緊急連絡時には、自動的に自分の居場所を、相手に知らせるのじゃと、部長が云っておったのじゃ」

「へぇ、そうなんだ。なら安心だね」


延々交わされる堂々巡りに飽きたエンリが、珍しく蘊蓄うんちくを語る。

基本、何でも知ってる小鳥遊クンでも、エンリが尋ねない限りは、機械音痴の普通の中年なのだ。

この手の知識には、苦手意識も相まって、相当 疎い。


「ななな……それは、どう云う事でございますか!? それが事実なら、公権力によるプライバシーの侵害ではございませんのっ!」


これで話が前に進むかと思われた矢先、エンリの発言に意外な人物が反応した。


小母ちゃんは、「信じられないでございます! 信じられないでございます!」と連呼しながら、急いで自分の携帯を取り出すと、間髪入れずに その電源を落とした。

そして、何かを警戒する様に、辺りをキョロキョロ見回し始める。


小母ちゃんの不可思議な行動に、二人して顔を見合わせ、首を傾げる小鳥遊クンとエンリ。

ちょうどその時、こちらに駆け寄る二人組の警察官が現れた。


「どうかされましたか?」

「ああっ! やっぱり政府は、個人情報を違法に収集して、国民を管理しようとしているのでございますね!」


警官の姿を視認するなり、「信じられないでございますわ!」と、ヒステリックに叫ぶ、小母ちゃん。

通報から3分以内に現着した勤勉な警察官に対して、何とも酷い言い草だ。


「この際、警察の違法行為には、目をつぶってあげるでございます。ですから、早く あの不審者を逮捕して頂きたいでございます。それとわたくしは、これで帰らせて頂くでございます!」

「いやいや、ちょっとお話を……」


隙あらば逃げ出そうとする小母ちゃんをなだすかして、駆けつけた警官の一人は、何とか事情を聞こうと奮戦する。


そんな彼女を小鳥遊クン達が呆れる様に眺めていると、もう一人の警官がツカツカと近づいて来て、そっと声を掛けた。


「小鳥遊さん。この場は私共が処理しておきますので、お嬢さんを連れて、早く登庁して下さい」


どうやら この警官。その言動から、巡査に偽装した、エンリ警護班の一員である様だった。


「ほう、監視班と警護班の連携が、今は、きちんと機能しておる様じゃのぅ」

エンリが皮肉気な笑みを浮かべて呟いた。


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