第37話 小母ちゃんに怒られよう 1


「どうしたのじゃ? 小鳥遊クン」


朝の出勤時間。

辺りをキョロキョロ見回す小鳥遊クンに対し、エンリは怪訝な瞳で問いかける。


「いや最近、いつもの ご近所さんを見かけないなぁ……と思って」


ほぼ毎日、朝晩と顔を合わせていた人物が、突然パッタリと姿を見せなくなる。

それは小鳥遊クンでなくとも心配する事だろう。


「あのイケメンエリートとやらなら、今は入院中じゃと、部長が云っておったのじゃ」

「えっ!?」


思わぬ所から、衝撃の事実がもたらされる。

知らぬは小鳥遊クンばかりなり。


あの日を境に、イケメンエリートの身柄は、厚生省所管の『国立精神衛生研究所』に、極秘裏に収監されていた。

所謂、保護入院と云うヤツである。


なお、餌に使われた小鳥遊クンのパンツは、未だに戻ってきていない……合掌。


あの晩、エンリは<<黄色い救急車>>に乗せられて、ドナドナされて行くイケメンエリートの姿を、蜘蛛型使い魔『ラクネ弐式』の目を通して確認していた。


教団との関わりが疑われるイケメンエリートには、隔離と治療が、法律により義務付けられている。


「こいつは教団関係者を極秘裏に、うちの施設へ護送する為の専用車でなぁ……。よもや再び使われる事になるとは、思わなかったぜ」とは、部長の言である。


7年ぶりに姿を現す、今や都市伝説となった黄色い車体を前に、感傷に浸る部長が、妙に印象的だった。


「じゃあ、今度お見舞いにでも行こうか? エンリ」

「むぅ……出来れば遠慮したいのじゃ」


小鳥遊クンの無邪気な提案に、エンリは微妙な反応を返す。

小鳥遊クンの中では、スーパーマーケットでのパンツの一件は、既に忘却の彼方かなたの出来事の様だった。


「どうして? お見舞いに行けば、きっと喜んでくれるよ?」

「あやつは、どうも生理的に受け付けんのじゃ」

「そんな事云わず、行こうよ」


暫くの間、イケメンエリートのお見舞いに「行く」「行かない」で押し問答する二人。

ほのぼのとした親子の じゃれ合いに、道行く周囲の目も生温かい。


「そこの貴方! お止めなさい!! で、ございますぅぅう」

そんな二人の団欒に、突然 割り込むヒステリックな怒声。


見ると、毳毳けばけばしい化粧の小母おばちゃんが、仁王立ちで、二人の前に立ち塞がっていた。

額に青筋を立てて、今にも襲い掛かって来そうな憤怒の形相。

正直、ドン引きである。


「あーた、嫌がる子供に、一体ナニを強要しているでございますの! 汚らわしいっ」

「「はぁ!?」」


見事に二人の声がハモる。

だが、そんな二人を華麗にスルーし、けばい小母ちゃんは、流れる様な動作で携帯電話を取り出すと、慣れた手つきでボタンを三度押した。


「もしもし、警察でございますか? 中年の男が、幼女を連れまわしているのでざいます! 早くきて頂きたいのでございます」


小母ちゃんは受話器に向けて、そう一方的に捲し立てた後、これまた一方的にガチャっと通話を打ち切った。


呆気にとられて茫然とする、エンリと小鳥遊クン。

小母ちゃんはドヤ顔で、見下す様な眼差しを小鳥遊クンの方に向ける。


「あのぅ……」


上から目線で、踏ん反りかえる小母ちゃんに向かって、おずおずと声を掛ける小鳥遊クン。

こんな人とは、毛先ほども関わり合いになど、なりたくないであろうに、正に勇者の所業である。


意を決した小鳥遊クンは、勇気を振り絞って、目の前の小母ちゃんに、ビシッと忠告する。


「警察を呼ぶなら、ちゃんと現在位置を知らせないと、お巡りさんも対応に困ると思うのですが……」

「えっ? そっち!?」


エンリが驚きの声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る