第36話 名探偵エンリちゃん 3

ガウス真理教。

この教団は、大学のサークル活動に偽装した下部組織を通じて信者を増やす、新手の新興宗教団体だった。


特徴的だったのは、教団が保有する『秘儀』によって、信者は類稀たぐいまれな集中力を発揮し、学業において優秀な成績を収める者が続出した事だ。


ちなみに、当時の国家公務員上級甲種試験、ならびに司法試験での一発合格者、その優に7割近くが、教団の信者、もしくはセミナー受講者であった、と云われている。


その為、学生を中心に信者数は爆発的に増加。

その一方で、これ以降、社会には『エリート病』と称される、ある種の犯罪が蔓延する事となる。


この『エリート病』に罹患した犯罪者の身辺を調査する過程で、公安とマスコミの両者が、彼らとガウス真理教との間に、密接な関わりがある事を探り当てるまでには、それ程の時間は掛からなかった。


「……と、ここまでが公表されている表立った事実って奴だな」

「それが表と云う事は、つまり裏があると云う事じゃな」


エンリの問い掛けに、ゴリマッチョ部長は無言で頷いた。


教団の秘儀とは、薬物と催眠術を併用し、1つの物事に延々と執着する人物を作り出す事だった。


教団は、下位信者を『勉強』に執着させる事で、何時間 勉強し続けても苦痛を感じない人間へと仕立て上げた。


そうする事で、エリートと呼ばれる人種を量産し、政府中枢や大企業、重要な研究機関へと送り出す事に成功したのだ。


送り出されたエリートには、のちに教団から特別な『修行』が施される。


「その特別な『修行』ってのは、諜報活動に必要なノウハウ習得の事だな。何の事は無い、ガウス真理教は、某国のスパイ養成学校だったってオチさ」

ゴリマッチョ部長は自嘲気味に笑った。


「つまり、政府中枢に入り込んだ信者は、今度は教えられたノウハウを駆使して、教団の望む機密情報とやらを収集する訳じゃの」


エンリの問い掛けに部長は頷く。


「俺の古巣も、それに手酷く やられた口だ。まぁ、世間的には、『統合幕僚長と新米女性士官が、不倫の末に刃物にんじょう沙汰』って事には、なってはいるがな」

「ほぅ、子飼いの女子おなごに、幕僚長とやらを執着させたのか……エグいのぅ」


女性信者に特定の男性を執着させる事により、疑似恋愛感情を造成させ、機密情報を収集させる。いわゆるハニートラップである。


「他にも大使官邸に安物の盗聴器を仕掛けた外務官もいれば、臨界事故を起こした原子力機関の研究員もいる」

「どれもが執着の果ての暴走と云う訳じゃな」


表面的には、エリートと呼ばれる人種が、異常執着の果てに引き起こす、お馬鹿な事件として発表される、これらの事件。

しかし表沙汰にならない部分。すなわち、発覚するまでに教団に奪われた機密情報は、莫大なモノだったのだろう。

ゴリマッチョ部長の渋い顔が、それを物語る。


≪部長。検索結果が出ました≫

軍用無線トランシーバーを通じて、先ほど指示した案件の報告が上がる。


≪結論はグレーです。対象者の通っていた大学が、教団の影響下にあった事は確認されていますが、対象者がそれらの団体、サークル等に所属していた記録はありません≫


これは、どうにも判断に困る結果となった。

元教団関係者ならば、問答無用で公安を動かし、身柄を確保する事も出来た。


しかし現状、彼は一般人。

あるのは、小鳥遊家を探っていたと云う状況証拠のみで、犯罪行為を立証する証拠も何も無い状態では、無暗に拘束する訳にはいかない。


ゴリマッチョ部長は、救いを求める様な視線をエンリに向けた。


「まどろっこしい事をせずとも、ぬしが直接 奴を捕らえて確認すれば良い事なのじゃ」

エンリは、事もげに云い放つ。


「餌はホレ、そこにあるし、なんなら出来たばかりの使い魔を一体、貸してやるのじゃ」


エンリの指し示す部屋の隅には、洗ったばかりの洗濯物が、綺麗に畳まれて置かれていた。

そして、その一番上の段には、部屋のあるじのモノと思わしき、男物のトランクスが……


「捕らわれてなお、まともな判断能力も失くすほど、そのパンツに執着する様なら、魅了の状態異常である事は確定じゃ。なら、後ろで糸を引く者が必ずいると云う事になるのじゃ」

エンリは、そう断言する。


「残念だが、捜査にしろ、逮捕にしろ、こちらに その様な権限は……」


越権行為になりかねない事案に、部長は態度を渋る。

あくまでも自分は、厚生省所属の公務員なのだ。

捜査権も逮捕権も持ち合わせていない。


「現行犯なら可能じゃろうて……そうじゃ! この際ついでに、監視班の仕事ぶりを見てみてはどうかのぅ?」


ここにきて、ドキリとする言葉がエンリの口から出た。

冷や汗が滝のように流れ出るのを部長は感じる。


周囲に漂う、突き刺す様な悪寒。

ゴリマッチョ部長はエンリの放つ、威圧のこもった この一言で気付いてしまった。

彼女は今回の件を含めて、最近 立て続けに起こっている騒動に、監視班を含む政府関係者、つまり身内が絡んでいる可能性を疑っているのだ。


ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……


自分達がエンリの逆鱗に、知らぬ間に触れ掛かっている事実に、今更ながら気付かされる。

そしてエンリは、これが濡れ衣なら、みずから疑惑を晴らせ、と命じているのだ。

自分の使い魔を監視に付けるからと……


「ワ……ワカリマシタ。善処シマス」


乾いた咥内から絞り出す様に声を発するゴリマッチョ部長。

気苦労の絶えない職場に、本気で転職を考える瞬間であった。


そして、舞台は深夜の大捕り物へと至る……

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