第35話 名探偵エンリちゃん 2

「状態異常? 魅了?」

聞き慣れない言葉に部長は首をかしげる。


「うむ。ぬしらに解かり易い言葉を使うなら、催眠術? いや、心理操作マインドコントロールかのう?」


エンリの云う『魅了』とは、魔法的に対象の精神を操作した状態を指す。


その やり方は少々えげつない。

脳に魔法的な処置を施し、特定条件下において、自動的に快楽物質を放出するよう調整するのだ。


設定される条件が『特定の人物の前で』とあれば、指定された人物に会うたびに、強制的に多幸感を感じる様になる。

条件が『戦闘中』とあれば、戦闘行為を行うたびに、多幸感を感じる様になる。


それらを繰り返していけば、特定の人物に絶対的な忠誠を誓う≪狂信者≫を生み出す事も、躊躇なく戦場に飛び込む≪狂戦士≫を育て上げる事も可能となる。


「まぁ、大抵は大失敗して、今では禁術扱いじゃ」


『崇拝の念』を抱かせるつもりが、『情欲の念』を抱かせてしまい、結果的に数百名の信者に、死ぬまでカマを掘られ続けた教祖さま。

『死を恐れぬ軍団』を作り上げたはずが、戦闘衝動を敵対国の兵士ではなく、自国民に向けられ壊滅した軍事国家。


どれもこれも、碌な結果には成っていない。


「術の特性上、発動中は どうしても、施術対象者の知性INTが低下する事を防げぬのじゃ。意図せぬ行動を起こして暴走などされては、まともな運用など出来るはずもないのじゃ」


仕事をする度に麻薬を与えれば、仕事が大好きな人間になるだろう。

しかし、麻薬で判断能力が低下した社員では、まともに仕事を こなす事が出来なくなる。


単純作業なら兎も角、複雑な仕事は絶対に任せられないし、最悪、仕事を継続する為に仕事を遅延させる様な真似をしかねない。


仕事好きな馬鹿を量産しても、会社的には害悪にしかならないのと同じ事である。


「彼は、その禁術を使われていると?」

「いいや、魔法的な痕跡は、奴からは感じとれぬのじゃ。じゃが、科学的に良く似た状況を再現する事は可能じゃろ?」


エンリは不敵に笑う。


確かに、魔法に比べれば、手間も時間も大幅に掛かるが、薬物療法と催眠療法を駆使する事で、人間の精神を似た様な状態にする事は、現代社会でも可能だ。

実際この国でも……


「まさか!」

ゴリマッチョ部長は、1つの事実に思い至り、顔を上げた。


ちょうど その時、懐の軍用無線トランシーバーからコール音が鳴り響く。


≪部長。外務省OBと連絡が取れました。照会の結果、対象人物の在籍を確認≫

軍用無線を通じて、先ほど部長が指示した件の報告が入る。


「了解した。次は得られた情報を元に、直ちに公安のデータベースにアクセス。対象が過去に、『ガウス真理教』もしくは、その隠れ蓑の団体と接触していないかどうかを、洗い出せ!」


ゴリマッチョ部長は、矢継ぎ早に指示を出すと無線機を懐にしまう。

後は、結果待ちだ。


「どうやら心当たりがあるようじゃのう」


先ほど部長の出した指示の中に、聞き慣れない単語があった事を、エンリは見逃さなかった。


こう云う時こそ、蘊蓄うんちくマシーンの小鳥遊クンの出番なのだが、生憎 彼は未だに食事中だ。リスの様に頬一杯に肉を頬張り、もぐもぐと至福の時間を過ごしている。

なので、今は部長に答えて貰うしかない。


「エリート。1つの物事に執着する気質。突然の判断能力の低下。これらは、とある宗教団体の信者に見られた特徴だ」


ゴリマッチョ部長は訥々とつとつと語り出し始めた。

過去に薬物を使用した心理操作マインドコントロールで、世間を騒がせた宗教団体があった事を……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る