第33話 食卓の魔術師 3
皿の上に乗せられた牛タンを奪う様に口に入れた二人は、心の底からの叫びを口にする。
ただ一言「美味である」と……
「肉の美味さも
そう云いながら、白髪葱の中にわずかに含まれる、淡い黄色の筋を見つけるゴリマッチョ部長。
「これは?」
「新生姜の極細切りです」
白髪葱は、大量の肉汁を吸わせるには最適の薬味だが、脂っぽさを打ち消すには、
そこで小鳥遊クンは、新生姜の細切りを ごく少量混ぜ込む事で、その問題を解決した。
「この唐辛子味噌も、ただの唐辛子味噌ではないのじゃ」
本来の唐辛子味噌とは、じっくり火を加えながら、味噌と砂糖と唐辛子の粉を混ぜ合せ、その後、一旦冷ましてから、酢、酒、塩で味を調えたモノである。
だが今回出された唐辛子味噌には、それだけでは足りない、何か一品が付け加えられていた。
「そうか! これは山椒の香りなのじゃ」
エンリは鼻腔を
そう、小鳥遊クンの自家製唐辛子味噌には、山椒の粉が混ぜ込まれていたのだ。
この山椒の香りと唐辛子の辛みが、どっしりとした牛タンにマッチして、更なる旨味を引き出す。
その美味しさは、先程から二人の箸の動きが止まらない事が、遺憾無く証明している。
焼き上がる度に皿から消えていく牛タン。
小鳥遊クンは欠食児童を抱えた母親の様に、次から次へと肉と野菜を焼く羽目に陥る。
肉、野菜、野菜、肉、野菜、肉、肉、野菜、肉、野菜……
当然 栄養価も考え、途中で野菜を挟む事も忘れない。
「さて、ここいらで少し、趣向を変えてみましょうか?」
若干、箸のペースが落ちたタイミングを見計らって、小鳥遊クンは新たな唐辛子味噌の小瓶を取り出した。
「むほぉー。これは柚子。辛子味噌に柚子の摩り下ろしを混ぜたモノじゃな!」
今度は山椒の代わりに、柚子の皮を摩り下ろし混ぜ込んだ唐辛子味噌を使う。
どんなに美味い食事でも、流石に連続で口に放り込んでいけば、飽きが来るもの。
小鳥遊クンは、絶妙のタイミングで味のアクセントを切り替えたのだ。
山椒の清涼感から、柚子のサッパリ感へと。
それは同時に、食事が〆に入った事を指し示す。
「満足なのじゃ~。もう食べられないのじゃ~」
数分後、パンパンのお腹をさらけ出して、ソファーに横たわるエンリ。
そんなエンリを微笑ましく見つめながら、ようやく余った牛タンを口にする事が出来た小鳥遊クン。
心の底から「良かった! ホント余って良かった!」と、喜色を交えて咽び泣く。
ゴリマッチョ部長も、小鳥遊クン秘蔵の焼酎で、口の中の油を洗い落としつつ、美食の余韻に浸っていた。
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