第21話 友人は彼の変化に戸惑う

「パンツが欲しい」

「はぁぁっ!?」


大学時代からの友人が、突然 変な事を云い出した。


大手総合商社勤務。28歳。独身。イケメン。細マッチョ。

業績トップのエリート社員様たる<<彼>>は、待ち合わせに選んだファミレスで、優雅に珈琲を飲みながら、常人には理解し辛い心情を、目の前の友人に向かって吐露する。


「何が欲しいって?」

困惑の表情を浮かべながら、大学時代からの友人は聞き返す。


「パンツだよ、パンツ! お前もそうだろ?」


いや、何が「そう」なのか、さっぱり判らない。

困惑の表情を浮かべながら、大学時代からの友人は、目の前のイケメンエリートを、いぶかしげに見つめる。


「好きな人が出来たら、その人の身に着けているモノが欲しくなるだろ? だろ?」

「あ……ああ、そうだな」


イケメンエリートの迫力に気圧されて、思わず首肯してしまう、友人の男。

実際に「欲しくなる」とは、毛ほども思っていないのだが、ここはえて空気を読んだ。


「それにだ。匂いとか、汗とか、シ……シミとか付いていたら、最高だと思わないか?」


若干……いや、かなり変態っぽい意見だが、男として云わんとする事は、判らなくは無い。


賢人いわく、「パンツには無限の可能性がある」と云う。


世の中には下着ドロと云う特殊な職種(?)も存在する事だし、そう云った方面へ性的な嗜好をこじらせた人間も、一定数は存在する。


ただ、そう云うのは、もっと内向的で、恋愛下手べたな人間が、どうやっても出来ない恋人の代わりに、その代償行為として下着を求めた結果だと、大学時代からの友人は思っていた。


だから、目の前のイケメンエリートの様に、女性には何1つ不自由しなさそうな人物から、こう云った発言が飛び出すのが、正直信じられなかった。


彼なら、ナンパの戦利品に、鼻歌交じりで相手の下着を持ち帰る事くらい、簡単に出来そうなモノなのに……


『いや、少し真面目に考えすぎたかも知れない。』

男はかぶりを振って考えを改めた。


この手の会話。

今は双方ともに素面しらふだからこそ、殊更 異常性が際立つが、これが酒の席なら どうだろうか?

男同士、女の話で「おっぱい、おっぱい」云うのは超自然ではないか?


そう、これは単なる男同士の<<猥談>>なんだと考えれば、別に異常でも何でもないだろう。

むしろ、これまで真面目一辺倒だった人間が、下世話な下ネタを友人に振って来る程度には俗っぽくなった。


これは、ある意味<<良い変化>>だと感じた友人は、この話に乗る事にした。


「つまり、お前の好きな人が履いているパンティーが欲しいって話だな、よーく判るぞ」

「はぁ? あの人がパンティーなんて履くはずないじゃないか! 変態じゃあるまいに」


ノーパン? ノーパン派なのか? その女性は!?


軽い言葉のキャッチボールのつもりが、返ってきたのは死角からの強烈なボディーブローだった。


訳が判らず混乱する友人男性を横目に、イケメンエリートは苦悩を浮かべた表情で、大真面目に「パンツが欲しい。パンツが欲しい」と連呼する。正直、もう色々とアウトな状況だ。


ここまで来ると、ここが仮に酒の席だったとしても、彼の異常性は隠せそうにない……

彼は一体どうしてしまったのだろう……


「まぁ、良い。それよりも、例の件だ」

男はイケメンエリートとの雑談を、すっぱり きっかり放棄した。


意思疎通はあきらめて、ビジネスライクな話をしよう。

男は咳払い1つ。何とか気持ちを立て直すと、真剣な面持ちで本題を切り出す。


そもそも今日、彼と待ち合わせをしたのは、この話をする為だった。

決して、ノーパン派の女性から、履いてもいないパンティーを得る方法を、真剣に談義する為ではない。

いや、まったく……どうすれば……って、ええい! 忘れろ。切り替えるんだ!


「<<彼女>>に関して、判った事を何でも良いから、教えて欲しい」


友人がイケメンエリートに調査を依頼したのは数か月前。

友人が居住する地域が、くだんの彼女の生活圏だった。

ただ、それだけの理由による。


ダメで もともと。

何度か大手の興信所に依頼するも、そのことごとくが失敗続きの身辺調査に業を煮やした男は、まったくのド素人である目の前の友人を頼った。


「彼女を近所で見かけたら、それとなく様子を探って欲しい」と。


確認の為、男は懐から写真を すっと差し出す。


アングル的に隠し撮りである事は間違いないだろう。

そこには、と一緒に、が写し出されていた。


「良いだろう。その代わり、そちらにも、こちらの要求を呑んでもらう」

イケメンエリートは不敵な笑みを浮かべ、挑発的な態度で云い放つ。


「スリーサイズから食事の好み、さらには日頃の行動パターンから行きつけの店まで、<<彼>>の事なら、調べられる事は全て調べつくした」


「ん?」

会話の中に奇妙なズレを感じる友人。


「教えよう。僕が、この数か月で知り得た事を……」

そしてイケメンエリートは、分厚い報告書をカバンから取り出し、朗々と語り始めたのだった。



 数分後



「すごい、すごいじゃないか!」


詳細に語られる<<彼女ら>>の情報は、まさに友人が望んだ通りのモノだった。

それは下手な興信所よりも詳しく、知りたかった事が、微に入り細に入り調べられていた。

思いがけない成果に興奮する友人。


まさか。まさか、ここまでとは思っていなかった。

玄人が裸足で逃げ出す調査結果に、先ほど感じた妙な違和感すらスッパリ忘れ去られる。


「まったく! 君に頼んで正解だった」

無邪気に喜ぶ友人。


これ程の成果なら、いくら友人同士の頼み事とは云え、流石に食事を奢る程度では済ませられないだろう。

もっと何か、色を付けて、お返ししなければ……


そこまで考えて、男は ふと思い出す。

『そう云えば、先ほど何か要求があると云っていた様な……』


改めてイケメンエリートに向き合う友人。


「成果は十分だ。……で、君は対価として、何を要求するつもりなんだい? それは僕に呑める様なシロモノなんだろうね?」

そう云うと、男は慎重に相手の出方を伺った。


正直、法外な成功報酬を要求されても困るし、ましてや、彼が欲しがっている誰かしらのパンティーを要求されても対応できない。


まさか先ほどの会話は、自分に下着ドロを協力させる為の前振りだったのか?

いやいや。犯罪行為など、例え幇助ほうじょでも御免 こうむりたい。自分は『正義』を執行する側の人間だ。


「要求は簡単だ。この女を一刻も早く、彼から引き離して欲しい」

そう云って、彼は先ほど置かれた写真に写る幼女を指差した。


指先で指定された人物を確認し、友人は安堵と共に拍子抜けする。

他でもない。彼の要求それこそが、自分達のだったからだ。


「ああ、勿論だ!」


<<活動を推進するNPO法人>>に所属する大学時代からの友人は、イケメンエリートの要求に、二つ返事で答えたのだった。


満面の笑みと共に……

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