第19話 今朝の後始末をしよう 1

「う~、使い魔ラクネが。折角作った使い魔ラクネが……」

「ゴメン。ほんとゴメンってば!」


夕方になっても、朝に損ねたエンリの機嫌は直ってなかった。

小鳥遊たかなしクンは帰宅してからも、エンリに対して ずっと、平身低頭、謝りっぱなしである。


故意でないにせよ、子供が一所懸命作り上げていた作品モノを、大人が悪意なく ぶち壊してしまう事は多々ある。

今回の件も、そんな良くある日常の1コマだった。


今朝方、小鳥遊クンは、エンリが道端で、丹精込めて作り上げていた<<蜘蛛型の使い魔>>を、ちょっとした不注意で台無しにしてしまったのだ。


エンリとしては、可愛がるつもり満々で、既に『ラクネ』と云う名前まで決まっていた、大事な大事な使い魔。

その、作成中だった使い魔の、よりにもよって最後の最後。一番大事な制御の術式を、小鳥遊クンは「遅刻しそうだから」と云う理由で、無碍むげに邪魔したのだ。


結果、エンリ渾身の超大作たる<<蜘蛛型の使い魔>>は大暴走を引き起こした。


小鳥遊クンが慌てて現場に戻った時には 時既に遅く、魔法陣から実体化した全長3mの巨大な蜘蛛は、その糸で手当たり次第に道行く人々を捕縛していた。


幸い、使い魔には、隠形系の術式が組み込まれていた為、一般人に その姿を見咎められる事は無かったのだが、突然背後から糸らしきモノで捕縛された通行人は、例外なく恐慌状態パニックに陥っていた。


小鳥遊クンは、混乱する通行人をなだめ、すかし、取り繕い、何とか状況を誤魔化しながら、不貞腐ふてくされるエンリを説得して、使い魔の処分をお願いする、と云う離れ業をやってのけた。


それこそ、<<人行く往来で、恥ずかしげもなく養女に向かって土下座する>>と云う、思い出したくもない黒歴史まで作って、である。


「やっぱり今朝の事、ニュースになってる……えっと、『接着剤を塗布した釣り糸を、朝の通勤路に仕掛けた蜘蛛男。その目的を検証する!』って、ナンジャコリャ!?」


恐る恐るニュースサイトをチェックしていた、小鳥遊クン。

事件は、思っていた以上にマスコミに取り上げられており、彼方あちら此方こちらで<<蜘蛛男現る>>の文字が、センセーショナルに行き交っていた。


「ほう、『珍走団への怨恨による嫌がらせ行為』とな。なかなかに、妙な結び付け方をするものじゃ、このマスコミとやらは」


小鳥遊クンの土下座外交が功を奏し、若干、機嫌を取り戻したエンリは、横から小鳥遊クンのタブレット画面を覗き込みつつ、呆れた声を出した。


間違った推論に基付く間違った結論。

それを、あたかも真実の如く取り扱うマスコミの報道姿勢に理解が追いつかないエンリ。


とは云え、真相を知らない人達にとって、今朝の事件は、さぞかし好奇心を刺激される出来事だった事は、想像にかたくない。


夜な夜な周辺を騒がす暴走族。

不良による、金銭授受を目的とした恐喝の横行。

最近、頻発しているバイク事故。

道路に張り巡らされていた接着剤付きの頑丈な糸。


これらの状況証拠を提示させられて、そこに作為を感じない人間は いないだろう。

ここいら近辺で、最近起こった出来事を取材していたマスコミは、その誰もが探偵気分だったはずだ。


いささ安直チープではあるが、露骨に怪しく、非常にネタにし易い。


最近、政治的にも社会的にも芸能的にも話題不足だった事も相まって、皆が皆、こぞって この蜘蛛男のネタに飛びついた感があった。


ゆえに、発生から大して時間も経っていないと云うのに、既にゴシップ系を中心として各誌面とも、「今朝の騒動は、暴走族を狙ったトラップだったのではないか?」との論調で賑わっているのだ。


「小鳥遊クン。見るのじゃ。こう云う輩が騒動を起こすそうじゃ」


ニュース記事には専門家の意見として、想定される犯人像についても掲載されていた。


ただし、やれ「犯人は30代後半の男性」だの、「深夜を活動時間帯とするヒキコモリ」だの、「ダークヒーロに憧れるオタク」だのと、誰でも考え付くようなモノばかりで、犯人の実像からは、大きくかけ離れていた。


「じゃが、専門家とやらも存外、不甲斐ないのぅ。1つとして的を射た推測がないのじゃ」

「いやいや。犯人は『魔法使いの幼女だ』って云い出す専門家がいれば、そっちの方が怖いよ……」


いや、まったく。そう云うのは、マジ勘弁して欲しい。


一通り情報を集め終わった小鳥遊クンは、襲い来る疲労感に抗いつつ、気乗りしない様子で、今朝の顛末をレポートに纏める作業を開始した。


哀れ、小鳥遊クン。今日もまた、自宅残業の日々である。

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